由梨絵ちゃんの言葉ひとつひとつが、“わたしには分からない世界”過ぎて、何をどう言ったらいいのか分からなかった。
家族は皆血がつながってるし、誰もまだ家を出ていない。それに、毎日きょうだいと一緒に過ごす楽しさも、置いて行かれる悲しさも、知らない。
ましてや紺君の涙なんて、見たことが無い。
踏み入ることのできない積み重ねられた2人の時間。
ただひとつ、分かったのは、彼女から紺君をとるなんてこと、簡単にはできない、してはいけない、ということ。
『好きでいることが迷惑なら、謝りたいなっ…』
『謝る? 何に? 真冬は謝るようなことしたのか?』
…謝るようなことは、してない。
でもこの気持ちは、自分勝手に告げてはいけない気持ちだ。
「……わたしが何を言いたいか、真冬さん、伝わっていますよね?」
「……うん」
「察しがよくて、安心しました」
「でも」
「でも好きなんです、なんて言わないでくださいね」
「………」
「真冬さん、桜野編集社の娘さんなんですよね…?」
「え…なんでそのこと…」
「自分が柊人君を好きでいていい立場なのか、じきに考えなくてはいけなくなりますよ」
「え………」
「すみません、もう遅いのでこの辺で」
「あ、駅まで送ってくよ」
「大丈夫です。代わりにこれ、柊人君に届けてもらってもいいですか?」
「あ…」
「お願いしますね」
あたしは、DVDを袋ごと受け取って、過ぎ去る彼女の美しい後ろ姿をベンチに座ったまま見つめていた。
柊人君を好きでいていい立場なのか、じきに考えなくてはいけなくなる…?
それは一体、どういうこと…?
わたしの親の会社と、何の関係が…?
光流君のこと。由梨絵ちゃんと紺君の関係のこと。紺君を諦めなきゃいけないこと。あたしの会社のこと。
考えなくてはいけないことが多すぎて、あたしは地面の一点だけを、まるで人形みたいに動かずに、ただ見つめていた。



