病室のドアを、おそるおそる…叩くと。



ひとつ…、それから、ふたつと。ゆっくりと…深呼吸をして。


扉を――…開いた。





何て声を掛ければいいのかが…わからなかった。だから、いつも通りに。いつも通りに…!






「………………。………?」



……が、そこには、たいせーは…居なかった。


折角意を決して…乗り込んだのに。



一気に…拍子抜けだ。





「あの、ここに…」
と、そこまで…、口を開くと。



「もしかして、たいせー?」

見覚えのない男が、さも親しげに…君を下の名前で呼んだ。



「……あ…、はい。ここにいるんですよね?」


「いるけど、今便所!」


「…そーですか。」



入り口で、ただ立ち尽くす俺に、男は手招きして……。「まあまあ、立ち話もなんですから」って、椅子から立ち上がると…。ソレをポンポンって叩いた。



大柄のその人は……、お洒落な私服で、なのに…松葉杖で、その身体を…支えていた。



「あの、俺…すぐ帰るんで、そっちこそ座ってた方が……。」



「……ああ?そっちこそ?」


ソイツの立派な喉仏が…、ちょうど、俺の目の高さで。


不快感を表すその言葉に――…


思わず、たじろいでしまった。



どう見ても…、年上で。
オマケに……ヤンキー?


『ってか……、誰?!』

心ん中で、俺は…泣き叫ぶ。


たいせーの知り合いは、大抵俺の知り合いだっていうくらいなのに。




ちょっと会わないうちに、たいせーはやさぐれてしまったのかって…本気で思った。



……が、



「さっすがアイツんダチだわー。ナマイキー!まあ、世界の2位ってのはダテじゃあないね。」


『アイツ』って言うその台詞が…妙に柔らかかったことと、

まるで俺の存在を知ってるって口振りに…


違うイミで…驚いた。



「……あの……」


「待ってろ、アイツの便所はなげーから…今呼んできたるわ。」



「えっ…」と言うのが早いか、男は器用に松葉杖を付いて…


扉の向こう側へとあっという間に消えていった。




入院患者でも無さそうなのに…、随分ここの勝手を知っているようだった。




その、様子を…黙って見ていた周囲の人達は。


ここでようやく…



「こんにちは」って挨拶してきた。




どうやら……、ヤンキーくんとは違って、俺の方がアウェーみたいな空気だけど……?



取り敢えず…、俺も挨拶を返して。



仕方なしに、丸椅子へと…腰をかけた。





「………………。」




不思議な…感じだった。


ここは、病室の筈なのに…。このベッドの周りだけ。たいせーの部屋なんじゃないかって…


錯覚を起こす。






棚の脇には…、ヤツのスノーボード。

W杯で使われたはずであろうソレは……


来季モデルの未発売品。


今回の大会で、活躍すれば…爆発的に売れていたかもしれないのに。隅っこで…出番を待つようにして…立て掛けられていた。



ベッドテーブルの上には…、

イヤホンの付いたスマフォが無造作に置かれていて。

その下に、裏返しにされた一冊のノート。






「相変わらず…、書いてんのか。」