荷物をひと通り整理して、母は、丸椅子に座り込むと…
ポツリ、ポツリと簡単な会話を交わしながら、その間に…「足りないものがあったら何でも言って。」と念を押すように…何度も言った。
多分…、間がもたなくなって、どうしたら良いのかが分からなかったのだろう。
普段の会話が――…いかに少なかったのか。
露呈されたみたいだった。
「何もいらない。パンツさえあれば…なんとかなるし。」
「…………。」
「欲しいもの出てきたら、その都度言うよ。」
「……そう。」
この返事で、ようやく…納得したようだった。
「来れる限りは毎日でも来るから。」って…言われたけど。
完全看護制だし、小さい子どもでもないし、何より…
母は学校に勤める…教職員だったから。
車で片道1時間ちょっとの距離は…、負担がかかるんじゃないかって思った。
「たまにでいいよ、週末とか。」
俺が返した返事は…
間違いだったのだろうか。
それから、また――…
会話が途切れてしまった。
母が帰って、それから…静かになると思いきや…、
病室は、とても賑やかだった。
「若い子に囲まれると元気が出るねえ~。退屈しないわあ。」
「……はあ。そうですか。」
「ねえね、大成くんはスポーツで怪我したクチ?」
「……あ、ハイ。」
隣りのベッドの秀子さんが、わざわざ仕切りのカーテンを開けて…
遠慮ナシに…どんどん話し掛けて来るから。
しかも、流れで…俺はついつい、嘘をついてしまった。
「じゃあ、ノアくんと一緒だね。」
秀子さんはそう言って。
俺と真向かいのベッドへと…視線を送る。
「ノアくんはバスケで怪我したって。」
「へえー……。」
スポーツで怪我ってことは。
きっと今頃…身体を動かしたくて、うずうずしているのだろう。
チラっと『ノア』の方を見ると。
「オマエも……怪我?」
彼は、間髪置かずに、話し掛けて来た。
「え。……うん、あ、ハイ。」
「………。ふーん…。」
それから、また…視線を落として。携帯をいじり始める。
「……本当に、怪我?」
再度そう聞いて来た瞳は…、嘘を見抜くような――…鋭いものだった。
「……なーんて、な。ゴメン、新入り!余りにあまーい顔してっからつい虐めたくなっただけー。」
「はあ?」
「愛想ねえなー、中坊!さっきから会話になってねーし。秀子さんにしつれーだろ?もしや、人見知り?」
「いえ…、別に…。」
「ふーん…。まあ、いいけどさ。ここに来たら、そうも言ってられねーぞ?」
「………え?」
これには…、秀子さんが黙ってはいなかった。
「ノアくん!私のアイドルをいじめないで!」
「出た!俺が来た時もそんなこと言ってヨイショしたくせに…。今やこんな扱いだもんなあ…。」
「はいはい、うるさーい!それにねえ、携帯は禁止!」
「えー。小児科ではいいらしーのに?」
「そんなデカイ身体で小児科とかいってんじゃないの!」
「ひでっ…、俺まだ16…。」
「とにかく、だーめ!」
ノアは渋々と携帯を置いて。
それから…俺に手招きしてきた。
「うるさいおばちゃんがいちゃあ男同士の会話もできないもんなあ?悪いけど、俺、動くのに時間かかるからさー、こっち来て話するべ。」
「うるさいだって?」
「おっと、本当のこと言っちゃった~!」
そんな、コントばりのやり取りを。
俺はぼーぜんとして見ていたけれど。斜め向かいのベッドからは、クスクスと小さな声を上げて…
あの、女の子が笑う声が…聞こえていた。


