「おーい、たいせー!次、早く来いよー!」
モトが呼ぶ名前に。
私の鼓動が、ドクンとひとつ…脈を打つ。
モトとは…対照的に。
何のリアクションも取らぬまま…、大成は、板を滑らせた。
ゴーグルで隠された瞳は…、
何を映しているのかは…知らない。
キッカーを抜ける瞬間は――…。
ふわり……と浮き上がるような、無駄1つないスムーズな、テイクオフ。
「お……、お得意の…!」
モトが…小さく声を上げた。
どこまで…宙に上がるのか。
ハーフパイプ公式戦でも、一発目に必ずと言っていいくらいに彼が持って来る…
バックサイドエアー。
回転1つない、一見、簡単そうに見えるトリックだけど……
彼が行うソレは、別次元のモノだった。
フラットに引き付けられたボード。それを、前の手で股の間のヒールエッジを掴む「メランコリー」と呼ばれる…グラブトリックを披露して。
ボードは、まるで彼の身体の一部であるかのよに……同化する。
どんな難しい3Dトリックにも劣らない、彼独自の魅せ方で…
青く広がる、空を味方につけて…眩しさを増長させる。
「ひゃっほーうっ!」
大成に成り代わるようにして、モトが…歓喜の声を上げていた。
……が、
長い長い…滞空時間。
それが次第に下降して。
いつもの、地面に吸い付くような着地は…
なかった。
彼が初めてここで翔んだ、その時と…同じようにして。
驚くくらいに…派手で、無様な転倒を――…したのだ。
「……た、大成…?」
スキーを脱ぎ捨てて、重たいブーツで…斜面を駆け上がる。
「ちょっ……、オイオイ…、どうした?!」
モトもそれを追うようにして、後を付いて来るのを…背中に感じた。
じっと、その場に留まっている……大成。
「……やべー…、気、抜いてた。」
私たちが顔を覗きこんだ瞬間に、彼は恥ずかしそうに…呟いて。
寝転がったまま――…暫く、放心していた。
「ヨシ…。」
足の位置を…体勢を整える姿に。
ホッとしたのも…束の間。
その、口元は――…笑ってなどいなかった。
「大成、怪我は……」
「ん、大丈夫。」
跳ね起きた彼は、ちょっとふらついて。
モトの肩を…掴んだ。
「たいせー、本当に、平気?」
モトもまた――…、何かを感じたのか。怪訝そうに眉をしかめる。
「……………。」
彼は、ゴーグルを上げて。芯の強い、その瞳を…私たちへと向けた。
「大丈夫。」
安心させようとしているのかー…、いつも通りの穏やかな口調で、ハッキリと言いきると。
「時間勿体ないし…、先行っていい?」
やっぱりいつものスタンスで、けれど…、エッジを浅く、急ぐようにして…
アッというまに、滑り降りてしまった。
「…………モト…。」
「……んー?」
「大成、大丈夫なのかな…。」
「……。本人が大丈夫だって言ってたじゃん。」
「……うん……。……ねえ、」
「…ん?」
「どうして大成…、今日ここに誘ったんだろう。」
「………。さあ……。」
不安を拭いきれないのは、歯切れの悪いモトも…一緒だったのだろう。
きっと、二人一緒にいる時間が長いだけ。モトには…分かることがあるのかもしれない。
「時間が勿体ない…、か。リョウ、俺らも…追い付かねーと。」
なんて…言葉を返すのが正解なのか、分からぬまま。
時は…無情にも流れていった。


