中庭には誰かの気配がした。


先生かと思って一瞬引き返そうと思ったが、話声を聞いた途端に俺のアンテナが反応してその場に留まった。



「....この気持ちを恋って呼んでも良いのかも分からないんだ」


ここからは顔は見えないが、その声は真剣だった。


本人かどうかを確かめたくて、小さく屈みこんだ体制でそろりそろりと近づき、ガラス越しにその背中を見て確信した。


予想した通り、あそこにいるのは新垣だ。


隣にあともう一人いるが、森川かな。


俺の心臓がうるさく鳴り始めた。


すぐに物陰に隠れるようにして、中の壁に張り付いた。


「カナタを想うとよくここらへんがね。ぎゅうって締め付けられたみたいに苦しくなるの。そして涙が出てくる」



ん?カナタって?


クエスチョンマークが頭に浮かんだのもつかの間、その疑問を遮るようにして森川が口を開いた。



「...好きっていう気持ちは....思いたいからって思い始めるわけじゃなくて、気づいたら思っちゃっているんだもんね...」


小さなつぶやくような声だから、途切れ途切れにしか聞こえなかったが、これが恋の相談だということは分かった。


発言に確かにと頷きそうになりながらも、いや待てよと、自分の頭の中の整理を始める。


新垣が恋をしているということ、その相手が誰だったっけ?


もう一度そいつの名前を聞きたい、そう願った。