静止状態の私に、母は行くよと短く言い、エレベーターの方へ身体の向きを変えてゆっくりと歩き出した。


私は俯いたまま、小さく開きかけた部屋を背にした。




このまま終わりなのかな。


まだ、何も話せていないのに。



大切なチャンスを無駄にしたんだ。


さっき、カナタが入って来たときに追いかけて行って、同じエレベーターに乗っていれば良かった。



「チャンスの女神は後ろ髪がない」という言葉が蘇ってきて、半分泣きたい気分になっていた。



503号室を2メートルくらい後ろにして、エレベーターを待っていたら、母が口を開いた。




「そういえば、さっき菜樹(なき)からメール来ててね」



菜樹さんは、東京に住んでいる母の長年の友達だ。



「谷中に新しく出来た、かき氷屋さんがめちゃくちゃ美味しいんだって!今度食べに行きたいね~」



「うん」って力なく答えたものの、急になんでその話!?と突っ込みたくなった。