朝陽の温もりを感じて、ふと目を覚ます。

首元まで幸せに浸かっている今。
ため息が出るくらい綺麗に、朝陽が輝いて見える。


私をぎゅっと抱きしめたまま眠る先生。
先生の寝顔を見たのは初めてだ。


長い睫毛が伏せられて、口元は少し上がっていて。

一体、どんな幸せな夢を見ているの?

その夢に、私はいる?


その寝顔があまりにも可愛くて。

私は生まれて初めて、男の人に自分からキスをした。

勇気がなくて、一瞬だけ、それも頬にだったけれど。


すると、ぱちり、と目を開けた先生。

私は慌てて離れると、どきどきする心臓を押さえて、何事もなかったような顔をする。



「おはよう、ゆい。」



眠そうな声で先生が言う。



「おはようございます。」



焦りを悟られないように、努めて普通の返事をする。

それなのに―――



「夢を見ていたんです。……私の天使がね、頬にキスをしてくれるんですよ。一瞬だけど、優しいキスをね。」


「そ、そうなんですか。」



すると、ガバッと身を起こした先生が囁いた。



「ほんとに、夢だったのかな。ねえ、唯。」


「ゆゆゆ、夢、ですよっ!」



先生は、心なしか残念そうにまた仰向けになる。



「そうですよね。」



私は、最近気付いたことがある。

先生のこの表情に、私は弱い。

残念そうな顔をされると、どうしてもそうじゃないって言いたくなってしまう―――



「案外、夢じゃなかったり、するかもしれませんね。」



先生は、ふっと笑う。

本当に、面白そうに笑う。



「唯、おいで。」



広げられた腕の中に、ゆっくりと身を滑り込ませる。

すると先生は、私の髪を撫でながら言った。



「唯のそういうところが、私は大好きなんですよ。」



ねえ、先生。

照れるから絶対に言わないけど。

私は先生の、敬語が好きだよ。


頑張って敬語を崩してる先生も素敵だけど。

天野先生としてのあなたと、陽さんとしてのあなた。

その両方を、心から愛しているから。



「ずっと、春休みならいいですね。」


「そうだね。本当に。」



桜は、いつまでも咲かなければいい。

このままフリーズしてしまいたい。


先生との未来は、描けそうで描けない。

先生と過ごすこれからの季節を、想像するのは難しい。

未来は確かにあるものなのに―――


先生といると、あまりにも幸せすぎて。

この幸せが終わる日のことを、どうしても考えてしまうんだ。

だから、時が止まればいいって、本気で思う。



「何で泣くの。」


「え?」



気付いたら、涙がこぼれていたらしい。

心配そうに顔を覗き込む先生。



「幸せすぎて、です。」



先生が、私を抱きしめる腕に、力が入る。



「唯はいつも、嬉しい時に泣くね。」



少し切ない先生の声。


私の過去を知っているからこその、その切ない声。


だから先生にだけは、私のすべてを預けられるって、思うんだ―――



「こんなちっぽけな幸せじゃなくて、もっとずっと大きな幸せを望んでいいんだよ、唯。」



こくり、と頷く。

ううん、でも私はもう十分だよ。

先生の隣にいること以上に幸せなことなんて、この世に存在しないから。

先生さえいれば、私は。

世界中の誰よりも、幸せな女の子でいられるんだよ。



「陽さんの、隣にいたい。」



先生は、何も言わずにもう一度、ぎゅっと私を抱きしめた。