その日は、いつものようにシロの散歩をしていた。

お腹の子は順調。

最近、つわりがひどくなって。

あんまりご飯も食べられないけど。


すると。


いつもの散歩コースなのに。

シロが、リードを引っ張り始めたんだ。



「シロ、」



ぐいぐいとリードを引っ張って、私をどこかへ連れて行こうとするシロ。

何か見つけたのだろうか。

縄張りのしるしか、新入りの犬か。



「ちょっと、シロ!転んじゃうよっ!!」



シロが、あまりの勢いで引っ張るから。

私はつんのめりそうになりながら、走った。

ごはん食べてないから、ふらふらなんだって!

でも、シロはそんな私を気遣うこともなく、すごい勢いで進んでいく。



「待って!シロ!」



走って走って。

土手の真ん中で、シロは急に立ち止まった。

鼻をクンクンさせながら、窺うように辺りを見回す。



「どうしたの?シロ。」



シロは、そわそわと尻尾を振っている。



「シロ、」


「やっと見つけた。」



その声が、信じられなかった。

私がずっと、ずうーっと聴きたいと、そう願っていた声。

優しいその声が、私の鼓膜を震わせる。


恐る恐る振り返ると、そこには―――――



「よう、さん。」



私は思わず、シロのリードを放して。

先生に駆け寄った。



「陽さん。陽さんっ!!!」



涙目の先生は、無言のまま私をじっと見つめて。

それから、思い切り抱きしめた。



「唯、唯だ。本当に。」



噛みしめるように言って。

先生は一度、私を離した。



「すまない。遅くなってしまった。」


「陽さん……どこに行ってたの。」


「唯だって。すぐに帰ると書いたではありませんか。」


「陽さん、」


「たった三日、留守にしただけだったけれど。帰ってみたら、唯がいない。荷物もなくなってる。」


「陽さん。」


「唯の実家に行ってみても、誰もいないし。表札も無い。」


「陽さん、」


「電話しても、メールしても。唯からの返事はない。」



はっと息を呑んだ。

そうだよね、気付かなかった私が悪い。

いつか必ず、迎えに来てくれるって思ってたけど。

これじゃあちっとも、手がかりがなかったね。



「いや、いいんだ。唯にまた逢えたから、それでいい。」


「ごめん、ごめんなさい。……色々あったんだよ。陽さんに話したいこと、山ほどあるの。」


「私も、話したいことはたくさんある。どこに、何をしに行っていたか。そして、その上で唯に、渡したいものがあるんだ。」



先生は、嬉しそうにそう言った。

やっぱり、やっぱりね。

先生を信じてよかったよ。



「陽さん、とりあえず私の実家に来て。今日は、両親がいるけど。」


「両親?」



目を丸くする先生に、ふふ、と笑う。



「お父さんが出来たんだよ、私に。」


「え、と……、」


「陽さんが慌ててどうするの。大丈夫。私の母を変えてくれた、私の大好きなお父さんだから。」



そう言うと、先生は安心したように笑った。

さっきから、ずっと先生の足元にじゃれついているシロ。

リードを外しても、ぴったりとついてくる。


シロが、先生に会わせてくれた。

ありがとう、シロ―――


嬉しくて嬉しくて、帰り道は久しぶりに足が弾んだ。