「卒業したのはいいですが、私はどうしたらいいでしょう。」



そう、これが今の私の悩み。

大学受験を放棄してしまった私。
働いても、一人で生きていくのが精一杯の収入しか得られないだろう。
しかし、先生に頼ればいいって話じゃないのも、分かってる。



「どうって、もう前みたいな仕事は止めて。」


「分かってます。」



自暴自棄になった私が、高校の終わりに初めて勤めようとした職業。
それは、母と同じ仕事だった。

綺麗な恰好をして、お化粧をして、自分の本心を塗り固めて。
知らない男の人の相手をする仕事―――



「あの時は、心臓が止まるかと思った。」


「私だって、先生が来てくれるなんて思わなくて。」


「前に仄めかしてただろ?だから心配で、君の母親の勤める店に忍んでた。」


「あのお店、知ってたの?」


「知ってた。」



先生は、何も知らないんだと思ってた。
私の苦しみには、気付いてないんだと。

気付いていないふりをしていたんだね、先生。

私たちの恋が、それ以上先に行ってしまわないように。



「とりあえず、うちに来たらいい。」


「え?」


「たまがいます。それに、私も。」


「でも、先生。」


「……。」


「陽……さん。」


「はい、以外の返事は聞きませんよ。」


「……お母さんが、一人になってしまいます。」



先生は、ふと真面目な顔になって言った。



「もう、十分じゃないですか。」


「え?」


「お母さんのことより、唯は自分の幸せを考えるべきだ。それに……、お母さんを一人にしてあげるのも、大事なことだと思いますよ。」


「一人に……?」


「君のお母さんは、無邪気な子どものような人だ。まだまだ自由な恋愛がしたいのではないですか?」



言われてはっとする。

確かに、そうなのかもしれない。

お父さんが亡くなってから、いつだって私のせいで、母は苦しんでいたのだから。



「本当に、行ってもいいの?」


「もちろん。」



先生が私の手を引いて、立ち上がらせる。



「いつかみたいに、私の家に帰ろう。唯。」



ああ、そうだ。

あの寒い冬の日。

熱があった私を、連れ帰ってくれたね。

帰らなくていいと、言ってくれた先生。


あの時、どんなに嬉しかったか。

安心したか。

でも、その反面で、どれほど切なかったか。


そんな先生の家に、今は恋人として行ってもいいんだね。



「さあ、」



先生の無邪気な微笑みが、私を現実と夢のはざまに連れて行く。

実感なんてなくて。

だけど、夢じゃない。

先生が隣にいること。