ショッピングモールまでは、車で1時間半。

先生とドライブなんて、嬉しくてたまらない。



「あったかくなってきましたね。」


「そうだね。窓、開けようか。」



先生が窓を開けると、4月の優しい風が舞い込んでくる。

暑くも寒くもない。

心地よいこの季節、好き―――



「くしゅん、」


「あれ?唯は花粉症?」


「はは、そうでした。」


「それは悪かった。」



先生がドアを閉めると、心地よい風が来なくなって、ちょっと残念だ。



「知らなかった。唯が花粉症だなんて。」


「陽さんは違うの?」


「私はぜーんぜん。」


「羨ましい。」



鼻をぐずぐずと言わせながら、むくれる私を、陽さんは優しい目でちらっと見た。



「桜はもうほとんど散ってしまったね。」


「なんだかんだ、ゆっくり見ている暇もなかったですね。」


「唯がこうして隣にいるのに、まだ足りない。」


「え?」



先生は運転しながら、嬉しいことを言う。



「唯ともっと共に過ごしたい。ずっと、隣にいたい。」


「私だって。先生の隣が、夢だったから。」



すると先生は急に、切ない表情になった。



「私はね、唯。君が高校生のとき、どんなことを考えたと思う?」


「え?」


「唯を散々傷つけて、それでも。自分勝手な私は、君と逃げようと思った。」


「逃げようと、ですか?」


「そうです。唯を仕事場から連れ出したあのときだって、私は……、」



先生に言われて、あの日の光景が目の前に蘇ってきた。

母に連れられて職場に行き、どうしていいかわからなくなったとき。

力強く私の手を引いて、闇の世界から連れ出してくれた先生。


最後に、先生、って呼びかけたとき。

振り返った先生の横顔は、月の光に青白く照らされていた。

先生が、一体どんな表情をしていたのかは、分からなかった―――



「あの時、私は、君の手を引いて、どこまでも行こうと思ったんだ。」


「陽、さん……。」


「どこに行っても、逃げられるわけじゃないのに。すべてを置き去りになんて、できないことを知っているのに。」



そうか。

だから先生は、立ち止まらなかったんだね。

私に何も訊くなと、そう言って。



「すまない……。私の想いは、きっと唯には重すぎる。」


「そんな!私だって、重さでは負けませんから!」


「ふははっ!何を言ってるの、唯。」


「陽さんの想いを、重いだなんて思ったことありません!」


「ありがとう。」



包み込むように笑って、先生は言った。



「そろそろ着くよ。」


「はい!」



久しぶりに、高校生の頃のことを思い出して、少ししんみりしてしまった。

高校生の頃、なんて言っても、ついこの間のことだけど。


あの、悲しかったころの私に教えてあげたい。

天野先生との恋の、未来を。

この温かい、二人の日々を―――