「そんな顔して、どうしたの。」



はっと気付くと、先生が私の顔を覗き込んでいる。

手には二人分の缶コーヒー。

ベンチで先生を待っている間に、気を抜いてしまったらしい。



「何でもないです。」


「唯は、嘘つくの下手だね。」



ほら、もうばれてしまう。

先生には心配をかけたくないのに。

今私が悩んでいることを先生が知ったら、きっと―――


関係ない、って一蹴されると思う。


そう、関係ない。

先生の過去なんて、私が悩むことじゃない。

そう思いたいのだけれど。



「もうどこにも行かないよ。」



見透かしたように、先生が言った。



「すまなかったね。私のせいだ。」



狭いベンチで、すぐ隣に先生が座る。

それだけで、包み込まれるような安心感がある。



「私が、君を悲しませてばかりいたから。」



そんなことない。
そんなこと、ないよ先生。


先生がいたから、私は卒業できたんだよ。

高校もそうだけど、お母さんからも。

その他諸々の、私を縛っていたものから。

やっと、卒業できたんだよ、先生。



確かに先生は、私に何も話してくれなかった。

一人で悩んで、一人で私の前から消えてしまった。

だけど、それは仕方のないことだったんだ。


生徒の私に、話せるようなことじゃなかったって、分かってる。



「もうどこにもいかない。私を信じてほしい。唯。」



こくり、と頷くと、先生は笑った。

だけど、前みたいに切ない笑い方じゃない。

今はもう、吹っ切れたような顔で笑う。


そんな先生を、私は信じればいいんだと思う。

何も考えずに、身を委ねてしまえばいいんだ。



「はい。……陽さん。」



微笑みを深めた先生は、また私に軽くキスをした―――