「じゃあ消毒するよ。」



先生が、脱脂綿にオキシドールを含ませて、私の傷にそっと触れる。



「い゙っ」


「ふふっ、」



女の子らしからぬ声を出した私に、先生はふっと微笑む。

ああ、よかった、と思う。

ずっと前に、相談したらよかったんだ。


そしたら、こんなに優しい時間が戻ってきたのに。



その時、電話が鳴った。

先生は、その電話に出ようとしない。



「陽さん、電話、」


「誰からか分かるから、後でかけ直す。今は唯の手当てが先だ。」



先生は、そう言って鳴り続ける電話を無視した。

私のいたるところについた擦り傷を、一つひとつチェックしていく。

消毒の仕方も、何だか理系っぽくて。




「さて、いいかな。」




先生は、固定電話の履歴を確かめることもなく、ケータイで電話を掛けた。



「もしもし。」


『あ、陽っ、……』



泣いているように聞こえるその声は―――



「カナちゃん、言いたいことがあるなら言って。」



はっとした。

先生は、分かっていたんだ。



『陽、……ずっと、好きだった。』



聞いてはいけないと思うのに。

静かな部屋だから電話の向こうの声が、やけにはっきり聞こえる。

それに、先生はまるで、それを私に聞かせるかのように私の目の前で電話をしている。



「カナちゃん、ごめんね。その気持ちには答えられない。」


『陽……。』


「私には、大事な人がいる。」


『知ってる……。陽、ごめんなさい。もう、分かってると、思うけどっ、』



ああ、やっぱりそうだったんだ。

カナちゃんは、先生のことが好きだから、私を追い出そうとした。



「謝るのは私じゃないだろ。それに……、私を仮にも好いてくれたなら、私の一番大切なものを傷つけようなんて考えるのは、間違っているよ。」


『ごめんなさい。本当に……。あんなこと、するつもりじゃなかったの。ただ、陽を訪ねていったら、あの子が、幸せそうなあの子が……、』


「君に黙っていたのは、悪かったと思っている。それに……、カナちゃんは、いつまでも私の、大事な妹だ。」



電話の向こうで、泣き崩れる声が聞こえた。

妹?

それは、一体……?



「じゃあ、もういいか?切るよ。」


『待って、陽。』


「ん?」


『唯、さんに、ごめんなさいって、伝えて。』


「わかった。」



先生は、静かに通話を切った。