穏やかな日々が続くことを、心から願っていたその頃。

思えば、その日が始まりだったんだ。

私にとっての、新たな試練の―――



掃除をしたり、台所を片付けたり。

すっかり奥さん気取りで、そんなことをしていた時。



ピンポーン―――



インターフォンの音が響いた。



何も考えていなかった私は、すぐに出て行ったんだ。

宅急便か何かだと思い込んで。



「はーい。」



玄関の扉を開くと、そこには女の人がいた。

大人の魅力を感じさせる、綺麗な人だった。


その人は、驚いたように目を見開くと、しばらく時が止まったように私を見つめていた。



「あの、何か……。」


「あなた、誰?」



その人の顔はみるみるうちに歪んで、鋭い目に変わった。



「あなた、誰なの。陽の何なの?」



陽―――


私でさえ、まだ呼び捨てにしたことのないその名を、まるでいつもそう呼んでいるかのように口にするその人。

その人を前にして、私は何も言えなかった。

先生の彼女だって、言えなかった―――



「もしかして、」



はっと息を呑んだその人。

私は何も答えていないのに、それなのに。



「あんたの人生、めちゃくちゃにしてやる。」



毅然とした表情で、彼女は私にそう言い放った。

そして、逃げるように走り去って行くその人。


意味が分からなくて。

でも、確かに彼女は、私を睨んでいた。

彼女の憎しみは、紛れもなく私に向けられていた―――


背中がうすら寒くなるような怖さ。

分からないから、尚更怖い。

人に憎まれるって、恨まれるって怖い。



今朝までの幸せな気分は、突然の来訪者によって粉々に砕かれた。