桜の蕾は、開くにはまだ早い。

でも、もう少ししたら一気に開くんだろう。


先生と、並木道を並んで歩く。

一歩後ろしか歩けなかった、今までとは違う。


すると、先生は何やらきょろきょろと辺りを見回している。



「どうしたんですか?」


「だれもいないですね。」


「そう、ですね。」



にこり、と先生が怪しく笑う。



「手、繋ぎましょうか。」


「……は、はい。」


「名前で呼んでくれたらですよ。」


「え、」



私は、ニコニコする先生の隣で、途方に暮れてしまう。



「繋がないんですね。」



意地悪な先生。



「……う、さん。」


「聞こえませんね。」


「陽、さん。……手、繋ぎたい。」



右手をすくい取るようにして包む温もり。

幸せだなあ、って思う。

涙が出そうになる。



「よく言えました。」



もう片方の手が、よしよし、と私の頭を撫でる。

肩が触れ合って、それだけで私の心臓は、どきどきとうるさい。



今まで、知らなかった。

先生の、意地悪な一面。


でも、それさえも愛しくてたまらない。

先生として関わっていた時よりも、甘くて、温かくて。

そして、たまに見せる大人の顔が、たまらなくて―――



「恋を、してしまいました。」


「え?」



突然そんなことを言って、先生は楽しそうに笑った。



「こんな年になって、恋をするなんて思ってもみなかった。」


「恋、ですか。」


「そう、恋、ですよ。」



桜の木の陰に、先生がすっと私を引き込んだ。



「この気持ちは、恋です。」



気付いたら、先生の腕の中にいて。

鼻と鼻が触れ合うくらい、近くに先生の顔があって。


私は、慌てて目を閉じる。


慣れないよ、先生。
私、まだまだ子どもだもん。


先生の大人なキスに、ついていくので精一杯で。


すぐに息が荒くなって、先生に気付かれてしまう。



「覚悟して、唯。」


「え?」


「私の愛を、受け止める覚悟はいいですか?」



そんな台詞、先生にしか許されないよ―――



「覚悟、してます。」


「ほんとだな。」



ふっと笑って、先生はまた、わたしについばむようなキスを落とした。

あまりにも幸せで、膝から崩れ落ちそうになる。



「ほら、しっかり。私の愛はこれくらいではないですよ。」



にこにこと笑う先生は、もしかしたらとんでもない人なのかもしれなくて。

だけど、もっともっと先生に染められたい。

好き、が止まらないよ。



「ピュアな笹森さんですね。」



先生は、笑いながら私の髪を指で梳いた。