膝にシロを乗せて、丘の上のレストランを目指す。


悲しい思い出を、塗り替えてしまいたい。

もう、これからはずっと先生の隣にいられるように。



「シロのごはんも作ってもらおう。」



無茶なことを言う先生。

だから、シロも連れて行くことにした。



木の重い扉を先生が押すと、いつものようにチリンチリン、と鈴の音がする。



「いらっしゃいませ。」



その扉の向こうで、嬉しそうに微笑む朔太郎さんを見付けて、私は思わず泣きそうになってしまった。



「二名様ですね。あれ?ワンちゃんも。」


「犬用のご飯も頼む。」


「分かったよ、陽。」



口調をがらりと変えた二人。

でも、顔を見合わせて吹き出すような表情をしている。



「あの席だろ?」


「もちろん。」



二階席。

先生と二人で、食事をしたときの席。


先生と、奥さんになった玲さんの、思い出の席でもある。


悩んだりもしたけど、やっぱりあの席は、先生にとって特別なんだろう。

玲さんと私を重ねているわけではないと、オーナーは言ってくれたけれど。



「唯とまた、ここに来られてよかった。」



先生が囁く。

本当にそうだね、先生。

もう二度と、先生と一緒にここにくることはないって思った。

だからこそ、この時間はすごくすごく、特別なものに感じる。



階段を上ると、テーブルが一つだけあって、明るさを抑えた電灯が、ひとつ光っている。

周りには、大きな窓があって。


あの日と同じだ。


違うのは、窓から見える夜景が、雨に滲んでいないということ。

私の目に、涙が浮かんでいないこと。

先生の笑顔が、晴れ晴れとしていること。

そして、朔太郎さんの笑顔も―――



「ご注文は?」


「鮭とほうれん草のクリームパスタ。」



先生が答えて、私が頷く。

ここに来たら、それって決まっているんだ。



「よかった。」



朔太郎さんがつぶやくように言った。



「ずっと悪い気がしていたんだ。俺が余計なことを言ったせいで、二人の仲を裂いてしまったような気がしてて。」


「そうだよな。朔にも迷惑かけたから、今日は報告も兼ねて来たんだ。」


「うん。」



頷くオーナーの笑顔がまぶしい。



「朔、いろいろあったけど、唯は高校を卒業したし、一緒に暮らすことになったから。」


「ああ。……ちゃんと言ってやった?」


「え?」


「唯ちゃんに大事な言葉、あげた?お前、いつも言葉にしないから、唯ちゃんは不安だと思うぞ。」


「余計なお世話だ。」



先生がふん、とそっぽを向く。

そんな顔を見て、朔太郎さんは笑う。

本当に、いい友達なんだなって思う。



「では、お料理をお持ちするまで、少々お待ちください。」



急にかしこまってオーナーは言った。