あの日と同じように、慣れた手つきでのれんをくぐる先生。

アンバランスなのに、すごく似合っていて不思議だ。



「いつもの、ふたつ。」



先生がそう頼むと、店のおじさんは少し微笑んだように見えた。



「そんなにここに来たかった?」


「だって、」



溢れる思いが、言葉にできなくて胸がつまる。

今とは何もかも違ったあの時。

家に帰れば、地獄のような時間が待っていた。

その前の、束の間の。

本当の束の間のひととき。


大好きな人が隣にいて、同じものを食べる幸せ。

言葉にしなくても、伝わる温もりが、私をどれほど救ったか。

それは、きっと先生が思っているより、ずっと―――



「一番あったかい思い出だから。」


「そっか。」



先生は、私の思いを受け止めるように一口、水を飲んだ。



「もしかしたら、何も始まっていなかったあの時の方が、純粋に君を見ていられたのかもしれないね。」



そうだったの、先生。

はじまる前も先生は、私のこと温かい目で見てくれていたの?



「そもそも、完全に特別扱いだったね。」


「え?」


「補習終わりの生徒を連れて、ラーメン屋さんに行くはずないでしょう、普通。」


「ふふっ、」



先生の本心に、こうして少しずつ触れることで、先生自身に近づいたような気がしていた。

心の距離を縮めていくことが、私たちの未来を決める気がした。



「お待ちどうさま。」



目の前に置かれたのは、あの時と同じしょうゆラーメン。

思わず、先生と顔を見合わせて笑った。

あの時と同じ、いや、それ以上の優しい時間が、そこにはあった―――