「お昼ごはん、何食べたい?」


「えっとー、」



何が食べたいかな。

私は、一生懸命に考える。

先生と食べるなら、何でもおいしいような気がしたけれど。



「そんなに悩むの?あ、夕飯はイタリアンだからね。」


「あ、そっか。」



朔太郎さんのレストランに行くんだから。

お昼は軽めの方がいいんだろう。

うーん、何がいいんだろう。



「あ、」


「ん?」



思わず声を上げると、先生は笑って私を見つめた。



「思い当たりました?」


「でも、」


「何?何でも言って。ダメなんて言わないから。」



先生にそう言われても。

もう二度と食べられないものだから。

言ったって仕方がないのだけれど。



「ラーメン、食べたいです。」


「ラーメン?」


「冬の日に、……先生と食べたラーメン。」



先生は、はっと息を呑んだ。


そう、あれは私の中でも、一番くらいに素敵な思い出。

先生の初めての補習の後で、隠れ家のようなラーメン屋さんに寄ったこと。

ふたり、同じしょうゆラーメンを食べたこと。

心の底からあったかくて、涙が出そうになったこと。


あの頃の私は、先生のこと、まだ何も知らなかった。

先生も、私のこと何も知らなかったね。

ただ、あの時ほど先生を近くに感じたことはないよ。

冷え切った心が、温かく感じたことは、ないよ―――



「陽さんが休職しているときに、一人で行ってみたんです、あの店。そしたら……無くなってたから。私、ショックで。涙が止まらなくなって。」


「あのラーメン屋さん、無くなってないよ。」


「え?」


「幻のラーメン屋さん、って呼ばれてるんだ。1年くらい留まることもあれば、数か月で消えることもある。」


「じゃあ、今もどこかで?」


「まだこの街にいるよ。じゃあ、少し遠いけどお昼ごはんはそこにしよっか。」



天野先生は、目を細めて笑う。

先生と過ごした時間が、消えたわけじゃないことを知って、私は嬉しかった。



「何でそんなに詳しいんですか?」


「内緒。」



唇の前に人差し指を立てる先生。

その仕草が、妙に色っぽく見えて、私は思わず瞬きをした。



「ははっ、どうしたの。」



信号が赤になった瞬間。

先生は助手席にかがんで、赤くなる私にキスをした。