ドームを出た後、先生は思い出したように言った。



「そういえば、今日は誕生日なんだ。」


「え?誰のですか?」


「私ですよ。」



そう言えば、私は先生の誕生日さえ知らなかったことに気付く。

それも、当日になって知るなんて、間抜けてる。



「教えてくれたらプレゼントを用意したのに。」


「いいんだよ。このデートが、私にとってのプレゼントのようなものですから。」



先生は、嬉しそうに笑う。

先生のそんな顔を見ていると、まるで何の悩みもなかったかのように、私も晴れ晴れとした気持ちになる。



「やり直しのデートだよ。」



そっか。

やり直しのデートなんだ。

私たちはこれから、終わるんじゃなくて始まるんだから。

不安に思うことなんて、何もないんだ。



「春分の日が誕生日なんですね。」


「そう。それに、私は春へのカウントダウンの日だと思ってる。」


「春へのカウントダウン?」


「うん。ほら、」



3、2、1。



そう唱えて、先生は指を鳴らせてみせた。

マジシャンみたいで、なんだか可笑しかった。



「3月21日かー。絶対忘れません。」



忘れられるわけない、と思う。

これから先、何があっても。

こんな想像ばっかりしている自分に、ほとほと呆れてしまうけれど。


いずれ先生が、私の前からいなくなっても。


春分の日には、先生のことを思い出さずにはいられないと思う。



こんなに無邪気に笑う、先生を見てしまったら―――




「これからはずっと、唯が祝ってくれるね。」




頷くと、先生は安心したように微笑んだ。

でもやっぱり、先のことを考えるとくらくらして。

そんな幸せな未来が来ることを、どうしても信じられない自分がいた。