「先生。」


「……。」


「ねえ、先生!」


「……。」



さっきから、何度呼んでも返事をしてくれない天野先生。



「せん、」


「分かっているんでしょう?笹森さん。」


「へっ?」


「その呼び方じゃ返事をしないって、言ったじゃないですか。」


「あ、……その……。」



先生は、わざと先生らしく諭すように話す。

いや、そんなこと言っても。
先生を名前で呼ぶのって、かなり勇気が要るんです……。



「笹森さん。」


「はい。」


「って、いつまでも呼んでいてもいいんですか?」


「嫌、です。」



地味にプレッシャーをかけられている。



「そんなに呼びにくい名前だとは思いませんが。たった二文字ですよ。」


「む、むずかしいです。」


「太陽の陽ですよ。小学校で習う漢字じゃないですか。」


「読み方くらい知ってます。」


「なら、呼べますね。」


「呼べません。」



卒業式が終わってから、私たちは一応「付き合っている」という状態なのだと思う。
言われてみれば、先生がそう言ってくれたわけではないのだけれど。

あの、最後の数学科準備室で。

先生は私に、「愛してる」という言葉をくれた。

初めてだったんだ。
先生が、私に確かな言葉をくれたのは。

いつだって、つかみどころがなくて。
どうしたって繋ぎ止めてはおけなかった先生が、あの日。


だから、その日から私は、「先生のもの」になった。


ずっとずっと夢見ていた、先生の隣にいることが、出来るようになった。


そう、雨の日じゃなくたって。