「やあ、2人とも」


店内に心を奪われていたあたしは、その声にドキッとしながら振り返る。


「若林さん!」


麻紀ちゃんが嬉しそうに名前を呼ぶ。


「ようこそ、ケレスへ」


若林さんは姿勢を正すと、うやうやしくお辞儀をした。


「ケレス? ……ケレスって、この前の歴史の授業で……」


あたしは麻紀ちゃんの顔を見る。


「うん、先生の話が脱線した時に言ってたよね」

「確か━━━」



ケレス(Ceres)は、ローマ神話に登場する豊穣神、地母神、地下神のことである。

農業、特に穀物の収穫を司るため、英語で穀物を意味するシリアル(cereal)の語源となった。

又、ビールを意味するスペイン語(cerveza)やポルトガル語(cerveja)の語源でもある。

ケレスはその権能から、古来よりしばしば各国の貨幣にその姿が登場し、近代ではフラン
スの20フラン金貨に多く見られる。



「━━━なのよね」


あたしと麻紀ちゃんは、何気なく聞いてた話を、なんとか思い出しながら説明する。


「そう、良く勉強してるね!」


そんなあたしたちを、若林さんは手を叩いて誉めてくれた。


「パンを勉強するためにフランスに渡った時に、その話を聞いてさ……店を出す時は、その名前を使おう! ……って、思ったんだ」


そう言って見せる笑顔は、とても輝いて見えた。

あたしは、麻紀ちゃんが若林さんを好きになった理由が、なんとなくわかった気がした……