「…わかってる。イノリにはちゃんとイノリなりの考えがあったんだって。
…でも一言でいいから言って欲しかった。こんな逃げるようにしていなくならないで欲しかったよ」



「イノリはケジメをつけてキヨを迎えに来るつもりなんだよ」



「ケジメって?…お姉ちゃんのこと?」




キヨの問い掛けにケンは言葉を詰まらす。






「…そっか。やっぱり私はお姉ちゃんの代わりだったんだね…」




キヨは悲しそうに笑うと、靴も履かずに家から出て行った。



もう既に辺りが暗い時間だというのに都心の街は人が多く、明るい。


この街にキヨの居場所はなかった。





「…歩かなきゃ。1人で歩いていかなくちゃ…。もうイノリはいないんだから」




キヨは空を見上げた。


カゼと見た時のように、目に映るのはネオンの光だけ。






「…そんな力、私にあるの?イノリがいない世界と向き合う力なんて私にはない」




キヨは空から目を離すと家へと帰った。


家の中は暗く、誰もいない。




キヨはそのまま風呂に向かい湯船に水を張った。





「…私はずっと…イノリの姿を追う事で存在していた…。だから追うものがない今、私は生きていけないよ」




1つの存在に縋り、寄り掛かってきたキヨはその存在がなくなった今、生きる意味を失った。





物心ついてからイノリだけを愛していたから

イノリを愛していない私を私が知らない。



だから、自分の存在の在り方と保ち方が分からない。






キヨは風呂場に置いてある剃刀を手に取ると手首にあてがい、力を入れた。





痛くなんかなかった。


イノリを失った心の痛みに比べたら、痛くない。




無色の水が赤く染まる。





「…イ…ノリ…」




キヨの声は、勢いよく注がれる水の音にかき消された。