べつに、と答えようとして気付いた。

 ―身体が動かない。

 恐怖で、などという理由ではない。術にかけられた。

 おそらくは金縛りの術。気付かなかった自分も自分だが、しかし―この少年、かなりの使い手のようだ。

 というか、金縛りで口が聞けないのはわかっているのだから話し掛けるなというものである。

 少年はもとから答えを求めていなかったのか、そのまま続けた。

「こんな真夜中にこんな所を歩いているんだから、ろくなことじゃないとは思うけど」

 動けずにいるこちらの前まで歩いてきて、指先から符を抜き取る。それを見て眉をひそめた。

「…物騒だね。ただの外法師とも思えないけど…」


 ―その瞬間、思い出した。

 ソレは、最後の一枚…

 紙は、高価い。

 符は、自分にとって贅沢品だ。


「これは処分させてもらうよ」

「やめろおおおおぉぉ!!」

 術を振り切って叫んだ瞬間。

 少年の美しい指先で、無情にも符は引き裂かれた。


 少年は驚き半分、面白半分といった眼差しでこちらを見つめる。

「君…何者?今術解いたね?」

「何者でもいい!なんてことをしてくれる…!あのな!紙は高価いんだ!!」


 少年はそれを聞き、驚いたように目を見開き…唐突に、笑い出した。それも爆笑である。

「ははっ…君…面白い!面白過ぎる!!高価いって…!」

 あまりの笑われぶりに、だんだんと腹が立ってくる。

「笑うな!最後の一枚だったんだ…!」

 言いつつ自分でも情けなくなった。一体どんな貧乏人だ。否定はしないが。

「そうだったんだ…ごめん」

 ようやく笑いをおさめた少年が謝った。懐を探る。

「代わりになるかわからないけど」

「あ…どうも」

 差し出された符を馬鹿正直に受け取ってしまった。

 …なんだか調子の狂う相手だ。

 手を触れた瞬間、その符に篭められたあまりに強い力に驚く。


「…っ、お前何者だ!?」

 少年はにこりと笑った。

「陰陽寮の者です」