「変わってないなぁ、みどりは……ちょっと乱暴なところも」
少し憮然とした表情で、左の頬をさすりながら彼が言う。

あの後、貸してもらった服を着て、落ち着いたところだった。と言っても下着は着けていないので、なんだかスースーして心もとない。
ふくらはぎまで長さのある、カントリー調の生成りのワンピースはそれなりに可愛くて、気に入ったけど。

私たちがいるのは、木でできた小さな山小屋みたいな家。中学のとき野外授業で泊まったログハウスを思い出す。テーブルも椅子も、みんな木製だった。

でも床は地面そのまま……なんだけど、芝生に似た柔らかな草が一面に生えていて、素足でいてもとても気持ちがいい。

彼が入れてくれたお茶を一口すすり、私は首をかしげた。

「変わってないって……まるで私のこと知ってるみたいな口ぶりね」
言ってから気がついた。
さっきから“みどり”“みどり”って呼ばれてるけど……私、自分の名前、教えてないよね……?

「知ってるよ」
テーブルを挟んで向かい側にいる彼は、ほおづえをついて私の顔を眺め、ニッと笑った。

「オレたちは、数年前に一度会ってる」
「ええっ? いつ、どこで?!」
「……ちぇ、やっぱり、完璧に忘れてる」
彼はすねたように口をとがらせ、フイと横を向いた。

そんな場合じゃないとわかっていても、思わず見とれてしまう。
キレイな横顔……長いまつげ。

つくづく、美形って得よね。たとえ中身が変態エロエロ野郎でも、そんな風に哀愁を漂わせられちゃうと何だかカワイソウと思ってしまう……。

だけどねー、知らないものは知らないのよ。自慢じゃないけど海外旅行なんて行ったことないし、日本でこんなゴージャスな銀髪碧眼を見かけたら絶対、覚えてるはず。

……でも、それじゃあ……どうして私の名前知ってるのかな? やっぱり私が忘れてるだけ……?

落ちてきた沈黙の中、サーッという静かな水音に気づいて彼の視線を追うと、壁の丸太をくりぬいた窓の外では、降り注ぐ雨が細い銀の軌跡を描いていた。

辺りは不思議に柔らかな光が満ちていて、こんな天気の日とは思えないほど小屋の中も明るい。

と、彼の瞳がふいにこちらを向く。
その瞳の奥にある熱っぽさに、私はたじろいだ。