「漆黒の召し物とは不吉だね、ほう、その仮面は見えないのか。」

ビキの横から男がグラスを差し出す。
仮面で何も見えないながらも気配だけでビキは受け取った。
アノルドの声色とよく似ている、彼の従兄弟にあたるカッツァだ。


「不愉快だ!」

アノルドは王子から離れるとテーブルの酒を一杯、一気に飲み干した。


「同感だ、護衛は護衛らしく身を潜めるものだろう、招かざる客も居る。」

鼻で笑うカッツァは王子の突き放した対応にも慣れたものだった。


「私もアノルド氏の血縁者ですからね。」

カッツァと王子の間に緊張が走るも、言い付け通りビキは静かに王子の背後に回る。


「血、ね。」

王子は強調した言い方をした。


「そちらは毛色の変わった愛玩物ですね。」

カッツァの言い回しに寒気を覚えた。


「護衛だ。」

王子はアノルドより簡潔に答える。


「体調不良でしたっけ。彼にその姿は酷ですよ。」

ビキの恰好は胸元の覆い隠された黒のラインが美しいドレスだった。
女に紛しビキは仮装していたが、カッツァは直ぐさま見破った。


「勝手に触らないように。」


「恐怖政治ですか。」

カッツァがおどける。
ビキは敵意を察知してカッツァにフォークを向けた。

カッツァは同時に王子にナイフを向けた。


「護衛を試したな。」

ナイフに王子は自ら向かって額をぶつけ、仮面を割った。


「なんだ、殴り合いなら得意だぞ?」

アルコールを摂取したアノルドが酔ったままビキの仮面を剥がす。

カッツァの殺気が強く、仮面などに気に止められなかった。
ビキの端正な顔立ちが露になる。


「驚いた、本当にお気に入りだ。」

カッツァが謔た。
そして、その時初めてビキは王を見た。


「……すまない」

ビキの美貌にアノルドは酔いも醒めたようだ。
ビキには、そういう美しさが備わっていた。