菱の國の落ちた夜、黒い髪の少年は亡命を謀る。

七歳であったが聡明で、下人として養われていた孤児の中では一番高い地位を与えられていた。


菱の城壁を抜けると自由の國、賽の國がある。

少年は自由を探していた。
賽の國の銀貨を握りしめ、城壁を潜る。
誰もが戦により、周りを見ない、少年には好都合だ。

厄介なのは死体だ、突然足元に転がる骸は少年には早過ぎた、恐怖で動かない足を引きずり小屋に潜り込む。

そこで、また少年は慄いた。

少年の足先を濡らす赤黒いそれは、かつて彼のように温かかったものだ。

首をはねられていた仔牛がころがっていた。

恐らくは兵士にだろう、その仔牛の首を少年が高々と掲げ、滴り落ちる血を啜っていたのだ。

金髪の少年は血を浴びる程輝き増すようだった。

あまりの光景に茫然としていると、こちらの気配に気付き、金髪の少年は仔牛を放り投げた。




「おいで……?」

差し延べる手と美しい金髪に誘われると、少年は後退した。


「あああああ……!」

冷たい床に温かい血が落ちる。
少年は地べたに踞り、もがいていた。


「縞ノ國、第八十二条!王族ヘ許可無ク近付ク蛮族ハ反逆者ト見做ス。」

呪文のように呟く金髪の少年に握られた短剣も、赤く染められていた。


「あああああ、あああああ……!」

少年は訳も分からず喚き、暴れた。
恐怖、それが彼に最初に植え付けられた印象だ。