奈美は、バスを使うつもりはないらしい。駅に向かっているわけでもなさそうだ。事件の多発している西区への道とも違う。

大木市の学校が寄り集っている北区をさらに北へ。あまり行くと、市から出てしまう。

大木市はドーナツのようだ。中央の穴を中心街と呼び、ドーナツのリングが住宅街。その外周を旧繁華街がぐるりと囲っている。これを抜けたなら、もはや市外である。

奈美が足を止めたのは、その旧繁華街が見えてきた、住宅街北区との境界だった。洋風のこじんまりした家に、奈美が振り向く。表札は『小名木』になっている。奈美の名字とは違う。

慣れた――とはとても言えない面持ちで、奈美がインターホンを押した。女の子らしい、白くて華奢で、かじってみたくなる人差し指だった。

ピンポーンという定番の音ではなく、クラシックが流れた。優しい旋律の……タイトルは知らない曲だった。聞いたこともなかった。

「愛のあいさつよ」

「ふうん」

相手が応答するまでの間持たせか、ここまであまり喋らなかった奈美が教えてくれた。が、やはり知らない曲だった。たぶん、奈美自身が緊張をほぐしたくて、ただなにか言いたかったのだ。親切心からの言葉じゃない。