キャリーケースを引きながら
空いてる手で肩を摩って少しでも熱を発生させようとやってみるけど、結局は無駄に終わる。

なぜここは
こんなにも何もないの。

自然観光とかキャンプならまだしも
人が住むには不向きでしょ。

ブツブツと小言を言いつつも
歩く足を止めずに進んでいると
背後から車のエンジン音が耳に入り
微かだがライトらしい灯りが足元を照らしている。

振り返ると同時に
車はスピードを落としながら私の横まで近付いてくるから、思わず立ち止まってしまった。
黒のSUVで右フロントガラスもリアガラスも
真っ暗なフィルム貼りで中が見えない。

もしかしてヤバい人が乗っているんじゃ…
拉致とかされたりしないよね。


警戒していると静かに窓が開き
運転席の人物と目が合った。

「貴方は…」

よりによって
あの性格の悪い大家:月影。
何の用があるか知らないけど、不運だ。

「マジで歩いて戻るとか
 アンタ馬鹿じゃねーの」

顔を合わせるなり開口一番、この言い草。
誰のせいでこうなったと思っているのさ。

「何。そんな事を言うために
 わざわざ追い掛けてきたの?」

「残念ながら俺はそんなに暇じゃねーんだ」

「じゃぁ尚更―――」

『何しに来たのか』と聞き返したかったけど
強まる雨音が声を邪魔する。