その夜。




「神よ、私は貴方の役に立てましたか?」





拘置所に勾留されている猿渡は拘置所の真ん中で正座をしていた。
神へ何かを乞うように指を組み、目を閉じている。
猿渡の言う神はただ一人。
誰よりも罪深く、誰よりも人間を蔑む神とは程遠い人物。





「……やはり、来ましたね」





猿渡はゆっくり目を開けて、身体を格子のある方へ向ける。
そこには二人の男女。
一人は警察署内のトップに君臨する男、もう一人はその娘だ。
どちらのことも猿渡は名前と顔だけは知っていた。
七つの大罪に協力する信者の父娘。






「今日貴方のご子息に会いました。よく貴方に似た面立ちをしている」






「よく言われます」






「ですが、彼は貴方とは違う。悪を嫌う実に警察官らしい面立ちをしていましたね」






「……息子は私達とは違いますから」






父の方の顔色が曇る。
きっと正義を信じる息子が父と妹がしていることを知れば、どう思うだろう。
息子は警察署内のトップの父が正義の人間だと信じている。
それを裏切られる絶望は計り知れない。






「きっと息子は私達を憎むでしょう。己の身の上を恥じるほどに絶望するでしょう」






「……それでも、七つの大罪へ服従すると?」






「はい。息子は立ち直れる。その為に息子をあの二人の元に置いたのですから」





男が指すあの二人は猿渡が神と崇拝する男のお気に入りだ。
猿渡も会ったが、なかなか面白い二人だった。
あの二人ならば、彼の息子を立ち直らせるだろう。
ふと、猿渡の前に女のか細い手が差し出される。






「これを貴方に」






女の手に乗っていたのは液体の入った小さなアンプル。
それが劇薬だということは七つの大罪の幹部である猿渡には分かっていた。
それと同時に、それが神と崇拝する男の差し金では無いことを理解する。





「……傲慢は私を許さないと思っていました。神室は何と?」





「貴方の判断に任せると」





「……そうですか」






猿渡は女からアンプルを受け取ると、細くなった部分を指でへし折る。
そして、中身を一気に飲み干した。
直後、猿渡は苦しむことなく床へと倒れた。
放り出された手から空になったアンプルが転がってきて、女はそれを拾い上げた。
二人は何事もなかったように、拘置所を後にした。






翌日。
冷たくなって発見された猿渡は安らかな顔をしていた。
死因は心筋梗塞。
誰もが予期せぬ容疑者の突然死に動揺したが、一颯と汐里だけは猿渡の死に不信感を抱いていた。
これはただの突然死ではない、と。
だが、証拠がない。
七つの大罪の仕業だという証拠が。





その後、理由が明かされることなく捜査は打ち切りとなった――。