「このまま二人で抜けよっか」
言った瞬間、彰くんは私の手を掴んで勢い良く走り出した。周りの様子なんて気にしている余裕はない。ただ、繋いだ手から伝わってくる体温がひどく熱かった。
「えっ、ちょ、彰くん!?」
ドキドキと高鳴る胸の鼓動がうるさくて、騒がしいはずの祭りの音がまったく聞こえない。心臓が自分のものじゃないくらい激しく動いている。……こんな感覚、初めてだ。
これは一生懸命走っているから? 太鼓の音が近くで響いているから? それとも……。
彰くんと、手を繋いでいるから?
大砲を撃ったような地響きと共に夜空に一輪の花が咲いた。パッと明るく輝きを放っては、その刹那跡形もなく消えて行く。なんて儚く、なんて美しいのだろう。
今の一発を皮切りに、夜空には色とりどりの花火が休む間もなく打ち上げられていく。
「…………キレイ」
私達は走っていた足を止め、夜空を見上げる。気付けば、私の口からは自然と言葉が出ていた。
「今日はありがとう。……意外と楽しかった」
「こちらこそ。まぁアイツらのせいでちょっと予定が狂ったけど」
「でも楽しかった。私、人混みとかこういうの苦手なんだけど今日は来てよかったなって思ってる」
花火が上がるたびにきゃあきゃあと騒ぐ女の子、「たまやー!」と叫ぶお祖父さん。ビール片手に盛り上がるお兄さん、甘い雰囲気の恋人達、一家団欒で楽しむ家族連れ。手を叩いて喜ぶ子供もいれば、音に吃驚して泣き出してしまう子供もいる。
みんな一様に空に咲く花を見上げては、その儚さと美しさに魅了されていく。
「俺も。栞里と来れて良かったなって思ってるよ」
繋がれたままの手に力が込められた。まるで離さないと言われているような錯覚を起こす。心臓は相変わらずうるさく鳴っていて、非常事態を告げる警告のように感じた。
……そう。これは警告だ。これ以上彰くんには近付くなと、私の心が警告を発しているのだ。
花火が連打されて一気に佳境に入った。太鼓も笛も、最後の力を振り絞って盛り上げる。もうすぐこの熱い祭りも終わりを告げる。
私と彰くんの関係はいつまで続くのだろう。早いものであれからもう三ヶ月の月日が経っている。一年という契約期間はあるものの、それは終わらせようと思えばいつだって終わらせられるのだ。なんて脆い関係なんだろう。それこそこの花火みたいだ。ニセ彼女が終われば、もう話しをすることもなくなるのだろうか。
一際大きな花火が上がる。光に照らされた横顔を見ていたら何故だか急に泣きたくなった。
……ズルい私は思ってしまったのだ。来年の花火もこんな風にまた見に来たいなって。出来れば今みたいに、二人きりで見に来たいなって。
胸の辺りが苦しくなって、繋がれた彰くんの手をぎゅっと握った。