「……何してるの、塚本くん」

 私の顔には恐らく「何故お前がここに居る」という怒気を含んだ言葉がはっきりと書かれている事だろう。視線の先には満面の笑みを浮かべた塚本くんが私を見上げていた。陽射しが強いせいかいつもより金髪が眩しく感じる。

「職員室に行ったら翠ちゃんに会ってさぁ。栞里ちゃんが図書室に居るって教えてくれたから会いに来ちゃった!」

 翠先生、余計な事を!

 職員室からなかなか戻って来ないと思っていたらとんでもない所で油を売っていたらしい。私が雇用主なら減給に値する。

「図書委員の仕事なんだって? 夏休みなのにエライねぇ! あ、ちなみに俺はさっきまで補習受けてましたっ!」

 うん。おおよその見当はついていた。夏休みにわざわざ学校に来る人なんて大抵部活か補習のどちらかだ。塚本くんの場合、迷うことなく後者だろう。

「さて、と。今日はお姫様を守る口煩い騎士がいないから二人でゆっくり話せるね!」

 私は話す気なんてない。それに姫とか騎士とか、鳥肌の立つような言い回しはやめてくれ。

 私は脚立の一番上からゆっくり地上へと戻った。抜き出した本を指定された場所に置いて、再び作業に戻る。

 塚本くんは金魚のふんのように私の後ろをうろうろとついてきて、何やら色々と話しかけてくる。

「ねぇねぇ最近どうなのー?」
「………………」
「彰サマとはうまくいってるー?」
「………………」
「このあと暇? 暇なら俺とデートしない?」
「………………」
「栞里ちゃーん? 聞こえてるのかなぁー?」
「……図書室は私語厳禁です」
「あっ、そっかごめんごめん!」

 私が注意すると彼は両手でぱっと自分の口を塞いだ。この場に二人しかいないのだからそんな堅苦しい事は言わなくていいのだけれど、彼を黙らせるには丁度良い材料のようだ。

 私は構わず蔵書のチェック作業を進める。

 大人しくなった塚本くんの様子を横目で伺うと、彼は立ったまま窓の外を見ていた。熱く注がれた視線の先を辿ると、サックスを吹く一人の女子生徒。

 塚本くんはまるで大切なものを閉まった宝箱を眺めるような、今まで見た事のない優しい微笑みを浮かべて彼女を見ていた。

 へぇ……塚本くんでもこんな顔するんだ。普段もこういう顔してればいいのに。そうすればもっと……いや、余計なお世話か。

 私は息を吸った。