「ああそうだ。アンタの事呼び出したその女、多分D組の神田(かんだ)麻衣子(まいこ)だよ」

 由香が思い出したように言った。

「彰サマと同じ中学出身らしくてさ、ずっと彰サマの事好きだったみたい。あ、憧れとかじゃなくガチ勢ね。クラスの子に聞いたことあるから間違いないと思う」

 薄々……というかそうだろうなとは思っていたけど。あの子、やっぱり平岡くんの事が好きだったのか。

「それと、金髪の男ってのはたぶん……」

 由香が何かを言いかけて、途中でやめた。何やらドタバタと廊下が騒がしくなったのだ。いつもならこの時間人通りは少ないはずなのに。走るような足音はどんどん此方に近付いてくる。

「しっつれーしまーッす!!」

 遠慮なんて言葉を知らないように、大きな音をたてて図書室の扉が開かれた。

「あ、いたいた栞里ちゃん! 昨日振りだけど俺の事覚えてるー?」
「…………あ」

 入ってきたのは昨日の金髪の彼だった。隣で由香は「げっ、やっぱり」と声を漏らす。

 彼はつかつかとカウンターの前まで歩いてくると、由香を見付けて歩みを止める。昨日と同じ人懐こい笑みを浮かべたまま口を開いた。

「由香ちゃんだぁ! 相変わらず可愛いね!」
「アンタは相変わらずウザイわね」
「わー冷たい! さすがはクーデレ!」
「アンタの前でデレたことなんてないけどね」

 ぽんぽんとリズム良く会話が進む。不思議そうな私の視線に気付いたのか「去年同じクラスだったの」と由香がめんどくさそうに言った。

「そっか! そういえばまだ自己紹介してなかったよね? 俺、二年D組塚本(つかもと)玲音(れお)。二月五日生まれ水瓶座のA型。趣味は音楽鑑賞、特技はお喋り。好きな食べ物はハンバーグで、嫌いな食べ物はピーマン。あ、スイーツとかも好きだよ! 俺甘党なんだ! 手作りお菓子と誕プレは年中無休で受付中だからね! 好きな女の子のタイプは全員。チャームポイントは名前にちなんだこの金髪! ほら、玲音ってライオンっぽいっしょ? だから金に染めたわけ!」

 突っ込みたいところが有りすぎて最早どこから突っ込んでいいのかわからない。炸裂するマシンガントークは止まる術を知らないようだ。

「栞里ちゃんにちょっと用事があってさぁ。A組の女の子に聞いたら多分ここだって教えてくれたんだ。あ、成瀬さんって呼びづらいから栞里ちゃんって呼んでもいーい? あっ、てか実は昨日から呼んじゃってるんだけどね!」

 …………うざい。

 なんだろうこのウザさ。近年稀に見るウザさである。

「昨日はゴメンね? 神田ちゃんにはあの後きつーく言っといたからもう大丈夫だと思うよ」

 ああそうだ。ウザさとテンションに圧倒されてすっかり忘れていたけれど、私は彼にまだお礼を言っていない。

「あの、昨日はどうもありがとう」
「いいのいいの! 気にしないで! 女の子を守るのは当然の事なんだから!」

 そう言った塚本くんは私の目の前に立った。視線は自然と上を向き、身長の高い塚本くんを見上げる。

「でね、ここからが本題なんだけど」

 窓から射し込んできた夕日が塚本くんの金髪をキラキラと照らす。その輝きが眩しくて、思わず目を細めた。

「俺、栞里ちゃんの事好きになっちゃった!! 彰クンから奪っちゃう予定だから、覚悟しといてね!」

 右手をピストルの形にし、私の心臓目掛けてバーンと撃ち抜くような動作をする。しかもウィンクというオプション付きで。


「ぶふーっ!!」


 一瞬の静寂の後、由香が我慢出来ずに噴き出した。

 何これなんなの。冗談じゃない。こんな少女漫画的な展開はこっちから願い下げである。

 ああ、頼む。だれか助けて下さい。切実に。