皿が割れたような音が聞え、3人は顔を合わせた。

「中には誰が!?」

 嵯峨が聞く。

「だ、旦那様1人です! 今のは2階からのような…」

「入らせてもらいます!」

 嵯峨が警戒しながら突入し、三咲もその後ろから警棒を出してついて行く。

 上からは再び大きな物音がし、足早に嵯峨が階段を昇り、更に三咲も着いて行く。

「くそうこの、役立たずが!!!」

 奥の部屋から男のさげずむ声が聞え、嵯峨がすぐにドアを開けて押し入った。

「警察だ!」

 その男の両手には太いロープが垂れ下がっており、そのすぐ下には、青い顔をした男が白目をむき、更に胸からは大量の血が流れていた。作業服を着ている。おそらく小酒井だ。

 生きてはいない。

 嵯峨はすぐにロープを手放した西園に手を伸ばしたが、一歩早く西園はベッドの奥へ飛び込み、

「うーー、うーーー」

 唸る娘の腕を掴んだ。

 娘の手は血まみれで、しかも衣服が大きく乱れており、何が起こったかは明白だった。

 身代金を取りに来た小酒井だが、何かがあって亜子は乱暴され、抵抗するために刺してしまい、そこを目撃した父親が更にロープで絞め殺そうとした。

「だ、大丈夫です、西園さん!」

 三咲は警戒している2人を宥めようと前に出たが、

「何を見ている」

 嵯峨の鋭い視線がまだ西園に注がれたままで、しかも緊張していることに気が付いて、硬直した。

「え……」

 見る間に西園は娘を自らの腹の前に出し、

「殺したのはこいつだよ」

「あーー、うーー」

 娘は血まみれになり、正気を失っているのか、激しく暴れようとしているところを父親になんとか押さえつけられている。

「コラ!静かにしろ!!」

 西園がわが娘を殴りつけた瞬間。

 嵯峨が大きく前に乗り出し、西園から娘を引きはがした。だが、娘は更に暴れ出し、嵯峨の顔を叩きつけた。

 その隙を狙って、西園がナイフで嵯峨に切りかかった。

 肩を切りつけられた嵯峨の背中からは血が滲んだが、それでも構わず立ち向かい、西園からナイフをもぎ取ろうとしている。

「あーあーあー」

 混乱した娘は、今度は三咲に殴りかかり、

「痛い!やめて!」

と、言っても聞き入れてはくれない。

 男2人は大きくもつれ、辺りのキャビネットからは無数のカップやら陶器が床に落ちて砕け、その上を、2人は上になり、下になりして、ナイフをもぎ取り合っている。

「そ、外に出てて!!」

 ようやく娘を外に出すことに成功した三咲は、

「無駄な抵抗はやめなさい! 撃つわよ!」

と銃を取り出した。しかし、距離は近いが、外せば嵯峨に当たってしまうので、絶対に撃つことはできない。

 だけど相手にそれを悟られるわけにはいかないので、今度は安全装置を外して構えて見せた。

「な、ナイフを捨てなさい! 本当に撃つわよ!」

 聞いていないのか、嵯峨との接近戦に夢中でこちらをチラも見ない。

 構えている自分に自信がなくなってくる。と思った瞬間、

 嵯峨が体勢を大きく好転させ、馬乗りになって殴りつけた。

 2度、3度殴るうちに、西園は力を緩め、ついに手からナイフを離した。そのナイフを遠のかせなければ、と慌てて三咲は近寄り、足を伸ばした瞬間。

 足首を捉えられ、引っ張られて尻もちをついた。

 がすぐに嵯峨が殴りつけ、足首は解放され、西園もノビている。

「……大丈夫か?」

 嵯峨が聞いてくれている、答えないといけない。

 ことは分かっていたが、打ち付けた腰が痛すぎて、返事もできなかった。

 嵯峨は馬乗りになったまますぐに西園の両手を手錠で封じると、応援を要請した。その後で、まだ動けず、腰の激痛と戦っている三咲に声をかけてくる。

「骨にひびが入ったんだろう。無理をするな。救急車も呼んである」

「わ、私…ですか?」

 この状況で私が救急車って…

「お前しかいないだろ」

 あー……今回も失敗した……。安全装置は外したけど失敗した……。

 サイレンの音が聞こえてくるなり、一気に身体の力が抜け、涙が零れ落ちた。

 腰は痛いし、全然関係ないところでケガするし……。

「ふう……」

 嵯峨も同じように安堵したのに親近感が湧いてその姿をよく見た。

「……」

 顔色が悪い。

「あ」

 そうだ!背中切られて!!

「嵯峨さん!背中大丈夫ですか!?」

 ようやく気が付いた。

「痛いよ。割れた破片が入ったな」

 そうだ。陶器の破片が…。

「き、救急車に乗って下さい!!」

さらりと答えられる。

「5台要請したに決まってんだろ……」

 あ……そうか……。娘さんも、乗った方がいい。

「あ、し、止血……」

 なんとか前のめりになることができたので、這って行こうと体勢を整える。

「もうサイレン聞えてんだろ。お前はじっとしとけ」

 その言葉に甘んじて動きを止めてしまう自分も情けない。

 一階で娘のわめき声と、それを制しようとする家政婦の声が聞こえるがどちらも動けそうにない。

「……娘さんが刺したんでしょうか……」

「いや…。刺したのはこいつだろう」

「……娘さんを乱暴されて…逆上したんでしょうか。

 でも、誘拐したのにどうして犯人は娘と家まで来たんでしょう。お金を受け取る話が進んだんでしょうか」

「……そもそも、誘拐を指示したのは父親の方だと思う」

「え!?」

 思いもよらぬ推測に、三咲は顔を上げた。

「でなけりゃ、自分の娘を盾にはしないだろう」

「じゃあなんで100億なんか……」

「小酒井の方が人間身があったって事だ。娘を殺したくなくなったんだろう。仲間割れだよ結局。元は父親の西園が小酒井を金目の物で雇い、娘を誘拐。100億が出せなくて殺される、という筋書きだった。だが、小酒井が殺し切れずここに娘を連れて来て殺されたんだよ」

「じゃあなんで娘さんは、乱暴されて……」

「あの様子じゃ錯乱して自分で服を破いたんだろう。血がついた手で破いた風だった」

「…………」

 溜息しか出ない。

 だが、それと同時に嵯峨の推理に脱帽した。

「それに気づいたのはいつごろですか?」

「ドアを開けた瞬間だよ。部屋の状況が全てを物語ってた」