「…………」



唇をかみしめながら、ぞうきんを準備して右手を動かした。


色付きの水分を吸い取ったせいで、拭けば拭くほど汚れの領域が広がっていく。



時間は17時。早くご飯の準備しないとなおくんが帰ってきちゃう。



一度、洗ってしぼってから、再び廊下を拭き始めた時。


もう1つ、別のぞうきんがぶつかった。



「後は俺やっとくよ」



ぱっと顔を上げる。目の前にいたのはミシマだった。


いつの間にか、廊下拭きを手伝ってくれていた。



「でもこぼしたの、わたしだし」


「そろそろ帰る時間でしょ」


「まだちょっとは大丈夫。最近なおくん、夜遅いから」


「へー」



ミシマは、拭いて洗ってしぼっての工程をもくもくと繰り返す。


対するわたしは、嫌な感情に心が埋め尽くされ、動きがにぶくなっている。



こぼした形跡がなくなった頃、ミシマはぼそりとこう言った。



「言いたいやつには言わしとけばいいじゃん。どーせ妬んでるだけでしょ」


「え……」


「お前が幸せなら、それでいいんじゃない?」


「うん、ありがと」



そうだ。きっと、わたしは幸せものだ。


大好きな人と一緒に暮らして、来年、結婚する約束をしていて。


今、プレ花嫁期間みたいなものをすごしていて。


進路で悩んでいる他の生徒たちからしたら、妬ましいくらいの境遇に違いない。