「あら、早かったのね。…次はこれ、お願いね」

息を切らして花瓶を置いた私に、新たな指令が下る。

果物ナイフは買っておけ、とはそういう事か。奥様はキッチンの調理具を把握していない。

超高速で乱切りにした果物には目もくれず、彼女は最後の指令を下す。

「…そういえば、お茶うけが無かったわね…あなた、買ってきて下さる?」

「これは、気が利きませんで」

ベッドサイドに立つ大神さんに、こころなしか焦燥が見られる。

「ゆっくりでいいのよ」

(早く、な)

すれ違い様に囁いて、すぐに奥様との談笑に戻る。

これまでは彼の言う通りの展開である。

少し離れたケーキ屋までダッシュしながら私は半ば呆れ、半ば感心した。

息を切らして部屋の前に到着。

こう見えて、大学時代は長距離のスプリンターだったのだ。
補欠だったけど。

えっと、次はどうするんだったっけ?

確か…あれ?



致命的だった。


私は、余りに走るのに霧中で、一番肝心な部分をど忘れしてしまったのだ。