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翌日も、やっぱり紅未子は学校に来なかった。夜中から熱を出したらしい。

私も通学の電車で何度も不愉快な目にあっているから、多少はわかる。たとえ実害がなくても、標的にされているという事実だけで、どれほど不快で恐怖か。

これはきっと、男の人には完全にはわからない。

あの震えるほどの悔しさと、それを上回る恐ろしさ。紅未子は常にそれと対峙している。いつだって満身創痍だ。

放課後、「小野」と厳しい声が教室に響いた。


「はい」

「ちょっと来い」


帰り支度をしていた青くんを手招きしたのは、渡会(わたらい)先生という世界史教師だ。三十代半ばで、不真面目な授業態度などを絶対に許さない厳しい先生。そして青くんの所属する硬式野球部の顧問だ。

私は少し気になって、青くんを追って廊下へ出た。

ふたりは渡り廊下にいた。校舎の最上階であるこの階の渡り廊下は、手すりがついているだけの吹きっさらしで、教師が同行していないと出られない。

私と彼らの間には、アルミのガラス戸がある。内容まではわからないけれど、渡会先生の厳しい叱責の声は聞こえた。青くんは先生の顔をじっと見て、時折、「はい」と口を動かす。

ふと青くんが視線を下げた。続けて何事か言われ、逃げるように顔をうつむけて、唇を噛んだのが見える。先生はさらに一言二言発してから、くるりと振り向いてこちらへ来た。

私はさっとドアから離れ、放課後の廊下の風景に紛れた。


「いつまでもそこにいるな。さっさと入れ」


先生の鋭い声に、佇んでいた青くんははっと顔を上げ、先生に一礼して教室へ駆け戻っていった。