入学式には出られなかった。

学校の最寄駅に着いたと思ったら、走っていた人に押されて階段を踏み外した私は、足首をそこそこひどくくじいて病院に行くはめになった。

ひょこひょこと片足をかばいながら校門をくぐったのは、もう式が終わっていてもおかしくない時刻で、電話で指示された職員室を孤独に目指した。

校門を入ると、目の前にはグラウンドが広がっている。ぐるっと回り込んで校舎へ続く階段を上り、昇降口を探した。

コの字型に三棟並ぶ校舎の横には、中学校とは比べ物にならないくらい大きくて立派な体育館があった。あちこちの出入り口から、館内を飾る紅白の幕が見える。近寄ったら、校長先生らしき人のマイク越しの声が聞こえた。

この出遅れを、どう取り戻せばいいのやら。

やるせない思いで渡り廊下から体育館を眺めていたとき、体育館の脇の木立から、女の子が突然駆け出してきた。

ちょっと離れたところにいた私と目が合うと一瞬固まり、木立にぱっと駆け戻る。

有名なファンタジーの児童書に出てくる、ウサギみたい。

私はぽかんとしながら、そんなことを考えた。

一瞬見えたネクタイは赤だった。ということは一年生だ。同級生だ。というより新入生で、だったら今は、体育館の中にいなきゃいけないはずじゃない?

もしや私と同じ、事情持ちのはみ出しっ子?

興味をひかれた私は、痛めた足を引きずって木立のほうへ近づき、茂みを覗いた。そこには気配を殺しているつもりなのか、両手で口を押さえて、女の子がうずくまっていた。目を丸くして私を見上げているその子こそが、紅未子だった。

この子、本当に動物の化身かなにかなんじゃないかしら。

空想癖があるわけでもない私がそう思うくらい、紅未子はしなやかで、透き通って美しく、逆に言えば人間的な、たとえば思慮とか羞恥とかそんなものをあまりにも感じなかった。


『入学式、出ないの?』


なぜか自然と、小さな子に話しかけるような声が出た。

紅未子はまだ目を真ん丸にして、そうすれば誰にも見つからないとでもいうように、顔の下半分を両手で覆っている。首をかしげて返事を促してみると、紅未子はいきなりこくこくと何回もうなずいた。