ーーキーンコーンカーンコーン…。


四時間目が終わって弁当を机の上に置く。


相変わらず一人弁当で、私を気にかけてくれていたグループも、今やもう見向きもしない。


空気みたいな存在になっていたーー。



「ねぇー、一緒に食べようよー」


「私、卵焼き作ってきたんだけど!」


「どこ行くのー?」


「私と一緒に食べよう?」



今日はなんだか廊下が騒がしい。




閉まっていたドアを睨み付けると



ーーガラッ




「今日は先客がいるからゴメン!」





爽やかに微笑む桜井 優伊だった。





桜井くんの周りに群がる彼女たち。桜井ハーレムだ……。





桜井くんってすごくモテるんだね…。






「えー先客って誰ー?」



隣の可愛い子が上目づかいで彼の腕をひく。




「うーん、気になる子?」




「誰、それ」




彼女の目付きが一瞬鋭く変化した気がする。




桜井くんは周りの目も気にせず教室に入ってきた。




「平山」



ーーー彼の視線に移る私。



顔は動かさず視線だけを向ける。



「何か……?」



周りがざわっとしたのが分かった。







次の瞬間、グイッと腕を持ち上げられる。



勢いで椅子から立ち上がると、桜井くんは私の弁当を片手に走りだした。




「えっ!ちょっ!?」




「すみませーん!通りまーす!」




笑顔で廊下のど真ん中を走り抜ける桜井くん。


は、はやっ…!





ついて行くのがやっとだ。




階段をのぼりきって、屋上へ出る。



そこには真っ青な空が広がっていた。



「はぁ……はぁ……」



「あ、ゴメン!速かった!?」



ジロッと睨むと困ったように笑う彼。




「…なんのつもり…?」




これで女子の8割が敵にまわったと言っても過言ではないと思う。



あの、鋭い瞳。あれは間違いなく嫉妬の眼差し。






「他の子と食べればいいでしょ……」



「でも話があってさ」



「それなら前みたいに今朝くれば良かったのに……」



「えー…と……もしかして怒ってる…?」



怒ってますよ。そりゃ!



「貴方みたいにモテる人が私に構わないで……迷惑…。ーーーおかげで女子に嫌われたよ……」




「へぇー。一応、嫌われるのは嫌なんだ?」



「なっ…!違う!」



また、嫌がらせが増えるのが嫌なだけ!




「私、元々嫌われてるから…」




だから……






「俺は好きだよ」




『今のは嫌味』。そう言おうとしたのに言えなかった。



オレハスキダヨ?



「主席なんてそう簡単に取れるもんじゃない。ーーー左手の鉛筆マメが何よりの証拠」




私の左手のプックリと膨らむもの。それは努力の勲章。




「周りがなんと言おうと、俺は頑張ってる平山が好き。」



ーーー『周りがなんと言おうと』



その言葉がさしているのはきっと、私についての悪口。


ーーー『主席だからって私たちのこと見下してるんだよ』


ーーー『生意気。優等生ぶっちゃて』



走馬灯のように陰口や悪口が頭に巡る。


別に気にしてないけど…。


それよりも。




「……簡単に……人を好きになっちゃ…ダメだよ……」





絞り出すように言った言葉に桜井くんは目を丸めた。




「人は裏切るの。だから貴方も傷付くよ……」




グッと握った手のひらから熱を感じる。




それで私は思ったんだ。




『ああ、私はこの人に、傷付いてほしくないのだな』、と。




だけど私の心配をよそにーーあろうことか桜井くんはニヤニヤと笑う。



「初めて目を見て話してくれたじゃん」



「えっ…」



口が半開きの私の手を引っ張って座らせる。




「もっと弱味見せなよ」




私の手を握ったまま、爽やかに眩しいほどに、ニカッと笑った。



「ななな、なんなんですか……!」



動揺しまくりだ。私。



本当に桜井家と関わってから、らしくない!



私が私でなくなるよう。




「ーー平山は、俺のこと裏切らないでしょ?」



「そんなのわからない」



「うん。でもそのうち裏切れなくなる」



裏切れない……?




「家族になるだろ?俺ら」



ねぇ、桜井くん。家族だからって、裏切らないとは限らないんだよ…




「私の母は家族なのに…うらぎっ…た……」



最後はつっかえて声が出なかった。



喉の辺りに熱いものが這い上がってくる。



桜井くんは一瞬、真剣な顔になると、ぽんと私の頭を撫でた。



「俺はずっと一緒にいる」




ーーーやっぱり眩しい。



微笑む彼に目を細める。



この人は本当に人の愚かさを、性を、知らないんだーー。




「それ、ママにも言われたーー。」



友達にも恋人にも幼なじみにも。





『ママとパパとさゆり、ずぅーと一緒よ』


『永遠の友達だよ』


『ずっと隣にいたい』




安易な言葉で私を慰めないで欲しい。



どうせ、また離れていくのだから。



この人にはきっとわからない。
私の気持ちなんか。


いや、わからなくていい。


分かってたまるものか。




「もう、私に話しかけないで」




桜井くんの手をはらうと顔もみず、屋上からいなくなくなる。




だからーー私は知らなかった。




桜井くんの陰った表情に気が付かなかった。



『永遠はないってことぐらい知ってるよ…』



その言葉は青い空、遥か上空に音もなく消えていったーー。