「連絡が来たら起こしてあげるから、休みなさい」



首を振る私に、母は微笑んで、空になったグラスを持って出ていった。


そう、欲が出た。

もう少しこの生活にしがみついて、人と関わっていたいと思った。


耐えられなかったからだ。

私がいなくなっても、世界は変わらず回っていくんだと、認めることに。





どういうこと?

病室のベッドを見おろす自分が、しかめつらになっていくのがわかる。


猪上さんから、もう会えると電話をもらって駆けつけてみれば。

林太郎は、寝ていた。


いや、あの傷なら寝ていて当然なんだけど、どうも変だ。

身体を横向けて、薄い布団を巻きこむみたいに手足で抱えて、こんな場所には不釣り合いなくらい健康的な雰囲気を醸し出している。

顔色も普通だ。

かがんで確かめると、気持ちよさそうな寝息が、すうすうと聞こえてきた。


どういうわけよ?

学校もサボって来たってのに。

無性に腹が立って、その頭を叩いた。



「いたっ!」



林太郎が跳ね起きる。

寝ぼけ眼が私を見つけて、大きく見開かれた。



「あっちゃん」

「あんた、どういうことよ、傷は」

「わあっ、やめ」



簡素な浴衣みたいな入院着の紐をほどくと、林太郎が慌てて前をかきあわせる。



「やめてや、僕この下、なんも着てえんで」

「パンツ履いてんじゃん、うるさいな」



嫌がるのを無理やり剥いた。

綺麗な身体に、あの毒々しい傷は、見当たらなかった。


胸を斜めに横切る浅い傷が、申し訳程度の蝶々型のテープで貼りあわせてある。

それだってどう見ても、もう治りかけの傷だ。


ただでさえ布きれみたいな入院着を剥がれて、半裸状態の林太郎が、居心地悪そうにもじもじする。



「…傷は?」

「わからんのや、いっぱい血、出た気したんやけど」

「溢れてたよ実際」

「やがのお、不思議やねえ」



のんきに首をかしげる林太郎を見て、ぴんと来た。

テンの仕業だ。

こんなことできるの、死神だけだ。



「もうこれ、着ていい?」

「いつ帰れるの」

「あと一回検査してなんもなかったら、帰っていいって」

「そう」