「なっ、何してるの!?」
「何って、仕事だけど?」

 私の動揺を面白がっているように意地悪な顔をし、しなやかな手つきでネクタイを外す。スルリと静かに鳴る衣擦れの音が重なり、海音の唇と首筋がひどくセクシーに見えた。

 目のやり場に困りつつ、「こんなモデル滅多にいない!」と、妙な所で絵師魂が燃え、私は海音の上半身に見入ってしまう。

 適度に筋肉のついた引き締まった体。ツヤのある綺麗な肌があらわになる。

「ミユ、顔真っ赤。目も潤んでるし……。抱かれたくなった?」
「ばっ、なっ……!そんなこと思ってないっ!うぬぼれも禁止!」
「そう、残念」

 からかう海音の声にどこか色気を感じ言葉を失っていると、彼は自分の荷物から何かを取り出しそれを着る。

 スーツを脱いでまで海音が着たのは、男性用の浴衣だった。深い藍色の生地が、海音の持つ凛々しい雰囲気を際立たせている。

 滞っていた川の流れがスムーズになったかのように、私の内側に溢れんばかりの創作意欲が湧いた。

「どう?描ける?」
「うん、最高のモデルだよ!……もしかして、浴衣姿見せて私の仕事をはかどらせるために今日家に来てくれたの?」
「いや?純粋にミユの顔見たかっただけ」
「また、からかう……」
「からかってないよ。どう?似合ってる??」
「似合うよ、すごく」

 スーツ姿も働く男性って感じでかっこいいけど、普段とのギャップもあってか浴衣を着た海音は特別光るものがあった。

「これ着てミユと花火大会行きたいな」
「仕事だからどうせ無理だよ」
「プロの発言だな」
「ふふん」

 冗談で得意気な笑顔をしつつ、彼の観察眼に私は内心ドキッとしていた。

 海音は、私が和服を描くのが苦手なのを察していた。わざわざ新しい浴衣を買ってまで仕事に協力してくれたことが、本当に嬉しかった。

 敏腕編集と言われているだけあって、絵師のモチベーションを引き出すのが上手い人だった。私以外の担当もしていると言ってたし、海音を慕う絵師さんは多そうだ。

 秋吉さんが言ってたように、海音のサポートはあくまで編集者としてのもの……。分かっては、いるけど……。


 ――…車窓から見える景色は次第に薄暗くなり、夜の訪れを告げていた。

 まずい。海音と仕事したことを思い出して、涙が出そうになる。忘れるためにこうして電車に乗っているのに……!