「はっきりしろよ!」
「お客様、申し訳ありませんがお引き取り頂けますか」

店長が私の腕を引いてレジから遠避けた。直哉は何も言わずに出て行って…それを見送った店長が向き直る。

「気にする事はないよ。ほらマグが溜まってる」

肩を優しく叩かれて奥を促してくれた。私は無言で頷いて、奥の洗い場でマグを洗い始めた。



それから五日しても巽さんから連絡はおろかお店に顔も出してくれなくなった。五日目はそれ以来、初めてのお休み…悩んだ挙げ句、夕方に巽さんのマンションを訪ねる決意をした。

いつも通り、一度インターホンを押していない事を確認するとオートロックのカードキーを通してエントランスを抜ける。エレベータで部屋のある階に着くと、ドアを開ける。
私はそこで動けなくなった…。
一足のハイヒールが玄関にある。震える足を動かしてリビングに向かうと、私が料理を並べていたテーブルには、まるで巽さんが連れて行ってくれた高級なレストランみたいに、グラスやカトラリーが二人分セットされていた。

「省吾、帰っ……アンタ…誰よ」

綺麗な巻き髪の女の人が、黒いエプロンをしてキッチンから出て来て…。

「アンタね?趣味の悪いエプロンとか、どこで買ったかわからないモノを勝手に冷蔵庫に入れたの」
「あ……」

キッチンのゴミ箱には、巽さんが私に選んでくれて、ここで使ってたエプロンや冷蔵庫に入れていた食材が捨てられてる……な、んで……。

「省吾の口に合うわけないじゃない…全く田舎者みたいね」

【田舎者】……。

「たまには珍しい女と遊びたくなるんでしょうけど…勝手に上がり込むなんて、まるで泥棒猫ね。非常識な子」
「…っ」
「でも省吾みたいに上等な男に遊ばれたなら、いい経験になったんじゃないの?田舎にあんなイイ男はいないでしょ?」

私はもう何も聞きたくなくて、ただただ走った。
マンションを出る時に誰かにぶつかって怒鳴られたけど、もう何も…何も気にする余裕はなかった……。