「…昔の人?」

『会ったことあるでしょう? 弟が大学で仲よくしてた』



言ってから、私が何も訊かされていないことに気がついたんだろう、はっと口をつぐみ、いえね、と急いで明るい声を出す。



『事情はどうあれね、みずほちゃんはうちに来たらって話してたの。うちの子も喜ぶわ、いつから会ってないかしら?』



喜ぶって歳じゃないでしょう、おばさま。

伯母の家の従兄は、私のふたつ上で、もういい大人だ。


悪い人じゃないおばさま。

だけどちょっと、私の両親の口の堅さをはかり違えていた。


バイトの疲れを理由に、もう失礼しますとやんわり伝えると、しっかりしたわねと感激してくれた。

私は切った子機を握りしめたまま、しばらくぼんやりしていた。


お母さんには、誰か相手がいるってことだ。

それはたぶん、お父さんのお友達ってことだ。

つまり母と一緒に行く道は、私にはあまり残ってなくて、家庭のことは不得手な父は、私を伯母に預けようとしたんだろうか。

“来たら”というのが、単純に遊びに行くような意味じゃないことくらい、わかる。


兄に電話をしようとしたけれど、携帯の番号を覚えているはずもなく、バッグの中の自分の携帯に手を伸ばす気力はなかった。

別に、いいの。

誰に預けられようが、私は在学中はここにいるんだし。

その後は働いて自活するつもりだから、つまりはどこを「実家」と呼ぶかという違いでしかない。


でもね。

でもね、私のことなの。

私のことなのに、私だけが知らなかったの。


情けなくて、涙がひと筋、ラグに落ちるかすかな音がした。


私って、そんなに軽い存在?

今、それなりに、自分で自分の面倒を見られてる気になってるんだけど。

そんなの幻想で、私はやっぱり、なんでも決めてやらないといけない、手のかかる末娘なの?


私、ここに、成長しに来たの。

でももしかしたら、私が成長できる限界なんて、最初から決まってた?

だったらその中で遊ばせてやろうって、そんな気持ちで家を出してくれた?


誰が聞いているわけでもないけれど、クッションに顔をうずめて、泣き声が漏れないようにした。


お母さん、お父さん。

ふたりにとって私は、どんな存在?



ねえB先輩、なんだか、どんどん。

信じることが、難しくなっていきます。


B先輩。