「あらぁ、春陽ちゃんじゃない。
 どうしたの?
 こんなトコで?」

 地を這うような低い声が、きっちりおネェ言葉だ。

「薫ちゃん!」

 振り返ると、筋肉質の大柄の身体に、昨日とは別の黒いドレス姿がある。

 ……そうか。

 わたし……いつの間にかダーク・クラウンの前まで歩いて来てたんだ。

「紫音ちゃん待っているのかな?
 昨日は、アヤネさまの買い物で遅かったけれど、今日はそろそろ来る頃よん?
 あのヒト、いっつも、ここで仮眠を取るから……昨日の部屋で待ってる?」

 昨日の部屋……紫音専用の控え室かぁ……

 なんか、今は紫音の『専用』と思っただけで、涙が出てきそう。

「……春陽……ちゃん?
 ちょっと、やだ、泣いてるの?
 大丈夫?」

 ……えーん。

 薫ちゃんって、優しい。

 どうしても涙が止まらなくて。

 ハンカチでごしごし顔を拭いてばかりいるわたしを、昨日の部屋に連れて行ってくれると。

 ソファの隣に座って、わたしの背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。

「……紫音ちゃんと何かあったの?」

 薫ちゃんが、あんまり優しいから。

 ……話を、しちゃった。

 今まで、あったこと。

 約束で。

 紫音が、実は『教師』だっていうところは抜かして話したから。

 ……ちゃんと伝わったかは判らないけれど……