「あの人は保憲兄さん。俺の師の御子息で、兄弟子にも当たるのかな」

 晴明が簡単に紹介する。

「いい方のようだな」

「うん」

 途端ににっこりする晴明。仲が良いのだろう。

 微笑ましいが、和んでいる場合ではない。


「それで、何故私を呼んだ」

 りいが切り出すと、晴明は小さく嘆息。

 そして、真正面からりいと目を合わせた。

「…単刀直入に聞くよ。りいはどこまで知ってるわけ」

「どこまで…って」

 晴明の表情はごく真剣だ。

「その…あやかしの、ことか?ならば、市で噂を聞いた。幼い姫君が連れ去られていると」

 りいは少し口ごもりながら、続ける。

「あと…実は、逢ったんだ、多分」

 晴明は勝手に嗅ぎ回ったことを怒るだろうか。

 恐る恐る目をやると、晴明は考えこむような顔をしていた。

「…昨夜倒したあやかしに、桃色の符の切れ端が張り付いてたよ」

 それで突然呼ばれたのかと合点がいく。

 そんな符を使っているのなどりいくらいだ。

 と、いうことはあやかし退治に乗り出したこともばれているのだろう。

 りいはさすがに気まずくなってまた目を逸らす。

「勝手に首を突っ込んだのは悪かった。だが術師として放っておけないではないか。お前も何も言わないし…」

 図らずも口調が責任転嫁に近くなってしまい、りいは首を振った。

「とにかく、私はその位しか知らぬ。逢ったといっても偶然のようなものだし、逃がしてしまったし」

 妖狐に倒されたことは、言い出せなかった。


「それよりも、だ。私も聞きたいことがあるんだ」

 りいは強引に話を変える。

 実際話したいことは色々ある。文の裏紙に書かれていた紋様のこと、あやかしのこと…ついでに女子だとも言ってしまおうか。そうすれば楽になる。

 よし、と拳を握ったときだった。


「…取り込み中すまぬが、晴明」

 先程会った保憲が、少し離れたところから晴明を呼んでいた。