車で三時間…山間の有名な湯治場が呉羽の実家―――。

「ごめんなさい、省吾さん」
「君が謝る事じゃないだろ?」

よもやこんなに山深い土地だとは思いもしなかったが…。
呉羽はまた申し訳なさそうにする。車で行くと言い出したのは俺で、呉羽には全く非はないのに…だ。
今日は呉羽の両親に挨拶に来たが…空き家の目立つ、まるで廃村のようなイメージを受けた。これは事業になるのではと思わせるほどだ。

そんな中の比較的大きな日本家屋が呉羽の実家で生家。

「ただいま」
「あらあらおかえり、また急ね」
「うん」
「…後ろの方は?」

怪訝そうに俺を見るのは呉羽の母親だ。

「巽省吾と申します。呉羽さんとお付き合いをさせて頂いております。今日はご挨拶に伺いました」
「まぁ!よくこんな田舎までいらして下さって…何もありませんけどお上がり下さいね」

そう言い残してパタパタと奥に消えた。

「どうぞ」

呉羽に促され、居間に通された。
暫くすると両親揃って戻った。

「呉羽の父です」
「巽省吾と申します。呉羽さんとお付き合いをさせて頂いていますが、今日は結婚のお許しを頂きにお邪魔しました」
「…結婚…?」
「はい、ご挨拶が遅くなりました事お詫び申し上げます。娘さんを私に下さい」

ありきたりな定番の台詞だが、これが一番だろう。

「巽さん、アンタいくつだ?家は?」
「三十四です。呉羽さんと暮らす為の一戸建てが明日完成します」
「車は?仕事は何を?」
「車は二台ほど所持しております。仕事は……」

立て続く質問に答えながら名刺を差し出した。

「父から受け継ぎました会社の代表取締役を務めております」
「巽産業!?」

両親は名刺を覗き込み声を上げた。

「た…巽産業って…お父さん……!」
「あ、ああ…しかし…こんな大企業の社長さんと呉羽が…」
「年甲斐もなく一目惚れで…通っていたカフェに呉羽さんが異動になった時からです」
「と言うことはまだ交際期間は二ヶ月?」
「はい。ですが今を逃したら誰かを愛した結婚は出来ないと思いました。私のこう言った地位の関係上と年齢の事もありますので……」

相変わらず会社には親父やお袋から催促があり、最近ではいっそ見合いを考えろと言い出した。この機に呉羽を親父たちに会わせるつもりだ。

「呉羽、お前はそれでいいんか?」
「じゃなきゃ一緒に来ないよ」
「…そうか……巽さん、娘を頼みます。不束なところばかりかとは思いますが…」
「とんでもありません。呉羽さんは私には勿体ない女性ですよ。誰にも譲りたくはありませんが」

どうやら俺の気持ちは理解してもらえたようだ。いずれまたゆっくり伺う約束をして、俺たちはまた車に乗り込んだ。

「疲れない?うちに泊まって明日じゃダメな用事があるの?」
「ああ。うちの両親だ」
「省吾さんの…?」
「安心させてやらないと、うちのはうるさいからな」

帰りは何とか二時間で戻り、本宅に顔を出した。予告もなく突然行ったが、幸い二人は揃っていた。

「省吾、お前が来るなんて珍しいな」
「そろそろ冥土の土産でもと思ってな」
「冥土に持っていく価値はあるか?」
「当然だ…彼女と結婚する。入籍はもう済ませた」

届けを出した後に取得した戸籍を両親に差し出す。激怒か呆れかどちらかだが…。

「でかした省吾!お前にも自分から嫁を取る甲斐性はあったんだな!」
「……は…?」
「いやぁ~、よかった!お嬢さん、名前は?」
「相模呉羽と申します、初めまして」
「器量もよさそうだし、きちんと自炊してるわね」
「お袋、何でわかる?」
「手をみればね。爪もきちんと切ってあるし…手荒れする?」
「あ…はい。ハンドクリームは使いますが、仕事が飲食ですので余りこまめには…」
「お仕事、何をされてるの?」
「フェイバリットと言うカフェです」
「俺が前から通っていた半セルフの喫茶店みたいな店だ」