「ちょっと……」

「……」

「……ちょっと待ってってば!」


少しだけ大きな声を出して、手を振り払おうと立ち止まる。彼も私に会わせて歩調を止める。

けれどしっかりと、痛くならない程度の力で掴まれているその手が離れることはなく、彼も表情を変えようとはしない。

無言で見つめられて、やっぱり何も言えなくなった。


だいたい何で、私この男に連れ去られてるんだろう。

まさか、今朝のことを口止めするために一発殴られるとか?


ぞっとする考えが頭の隅に浮かんだところで、私の思考は途切れてしまった。

前に向き直った彼がまた、無言で歩き始めてしまったからだ。

その無言が私の考えを肯定しているかのようで、この先に起こるであろう出来事を想像してしまう。



「…ん?」


ふと、いつもと違う校舎の光景に、膨らんでいた妄想の数々がしぼんでいった。

生徒の姿はなく、さっき歩いていた廊下と違い、どことなく寂れた様な気もする。

人の姿が急に無くなったことと、彼と二人きりになってしまっているこの事実に急に不安になって、



「ねぇ、ここって…」

「旧校舎」


振り返ることなく一言だけ返した彼は、とある引き戸の前で立ち止まった。