ロニが、最初に仕えた女性は、騎士の娘だった。

 さかのぼれば、当主は男爵の息子であり、貴族とまったく無縁というわけではない。だが、当主の息子たちは、誰一人と騎士になる道を選ばず、金を稼ぐ道に走ってしまったのだ。

 その家には、娘は一人だけだった。

 遅く出来た末の娘。

 騎士は、良い血筋の相手と婚姻させようと、躍起になって娘を社交界に送り出した。もし、このまま彼が老いて亡くなれば、娘の行く末は寂しいものになると考えたのだろう。

 だが、見た目が平凡なせいもあってか、なかなかよい縁談にめぐり合うことはなかった。

 そんな時、彼女はある男に恋をした。

 舞踏会で出会った、子爵の子息だ。

 上には上の目論見があるように、下には下の目論見があるもので、次期子爵という立場とは言え、同等以下の女性からは引く手あまただ。

 他の女性を押しのけてまで、前に出るような性質ではなかったこともあいまって、彼女はそのまま顔も覚えられずに恋を終えるはずだった。

 だが、誰かが彼女に言ったのだ。

『手紙をお送りしてはいかがでしょうか』

 気の利いた言葉を、その場でするすると出せないのならば、ゆっくりとした時間の中で、思いのたけを綴る案は、その女性にはぴったりだったのだ。

 1枚目を書く時は、何度も何度も書き直しをし、次の日に破いてはまた書いてを何日も繰り返していた。

 そして、彼女がようやく手紙を書き上げた時。

 出来上がった喜びの心とは裏腹に、外はひどい雨だったのだ。

 これでは、手紙を今日は届けられそうにない。

 せっかく書いたのにと、騎士の娘はため息をついてあきらめようとした。

 そんな中。

『私なら、雨の中でも届けに行けます』

 そう言った、侍女がいた。

 騎士の娘の侍女である。

 節約のために安く雇える、平民の少女だった。

 はしっこい娘で、ちょっとしたお遣いを任せても、人より速くこなせるので重宝されていた。

 もともと都の生まれのおかげで、町の端から端まで知っているところも頼もしい。