「出れた……!」
 重い扉を押し開けて少年は目を輝かせた。
 自由に走り抜けていく空気の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
 沢山の音が今までとは違う意味を持って聞こえる。
「外だ……っ!」
 群青色に染まる空に向かって、彼は手を伸ばした。
 手枷も足枷も無い。
 無味乾燥だった世界も、もう無い。
「自由だっ!!」
 跳びはねて少年は自由を噛み締めた。
「……こうしちゃいられないや。アルタイル座は中央広場に居るんだっけ」
 少年は深紅を身に纏う青年の言葉を思い出してきょろきょろと周囲を伺った。
『エナちゃんってば、まぁたこんなの拾って……』
 指輪を握り締めた男は、そう呟いた後、指輪を返してくれた。
 そして鍵の保管室や管制室に付き添い、足枷や手枷を外し、隠し出入口まで付き合ってくれた。
 その間にアルタイル座の居場所をはじめとする、地下を出た後の行動に必要な情報を教えてくれた。――親切とは言えない口調ではあったが。
 今まで人に疎まれてきた世間知らずな少年が彼をいい人なんだと思うには充分だった。
 無条件に感じる恐怖は相変わらずだったけれど。
 ――それにしても隠し出入口がまさか捕まっていた牢の中にあったなんて。
 彼女がもう少し根気強く牢を探索していたら、あるいは自分がもっと積極的に協力していたら見つけていたかもしれないのだ。
 見つけられてさえいれば、あの華奢な人を危険に晒さずに済んだのかと思うと口惜しい。
「でもあのお兄ちゃんが居るなら、大丈夫だよね」
 あんな、見ただけで恐怖を与えられる人なのだ。
 きっと凄くおっかなくて凄く強いに違いない。
 根拠も何も無いけれど少年はそう信じた。
 あの強く格好よい女性の隣に並び立つに相応しい人だったし、そう思う以外に自分を落ち着かせる方法がなかったのだ。
「中央広場って確か昼に通ったよね。時計塔があそこにあるから……えっと……あっちかな? ああ、もっとちゃんと回りを見ておけばよかった」
 自由になったらこんなにも色んなことを考えなければならないんだ、と少年は思った。
 それは感動に近い発見だったが、それでも一人きりのこの状況では拭い去れない不安と心細さが付き纏う。
 少年は手の中の指輪を見た。
「心細さになんて負けてたら、いつまでたっても並べない」
 一つ頷いて少年は駆け出す。
 街を覆う透明の天窓の向こう、一番星が輝いた。