傷が治っていない、とはいえ、それでも普通に走るくらいには全く問題はなかった。

 思ったより体も鈍っていない。

 加速しつつ、りいは軽く安堵する。

「藤影っ」

 小さく藤影に命じて、風を操った。りいの速度がさらに上がる。

(早く…早く行かねば!)


(もしも、あれが万尋様なら…私が、この手で)

 足を動かし続けながらも、思案を巡らせる。

 殺気立ったりいを窘めるように、藤影が寄り添った。

「ああ…わかっている。落ち着くよ」

 りいは小さく息を吐きだして、肩の力を抜く。

 とにかく今はあの妖気のもとに辿り着くのが先決だ。

 あの妖気の…

(…え?)

 りいは思わず足を止めた。

(…ない)

 いつの間にかあれほどの妖気が消えている。

 藤影に目を向けると、藤影も首をひねっていた。

「お前も…感じないんだな」

 前にも何度かこのようなことがあった。

 一体どうするべきか、と逡巡した後、りいはとにかくその場に行ってみることを決めた。


 藤影の先導で件の場所にたどり着いた時には、さすがにりいも肩で息をしていた。

 先程はひたすらに妖気を追っていただけだったが、気付けば京を横断した形である。

「…もう、何もいないか」

 予想はついていたが、軽く落胆する。

 それでもしばらくあたりを見回していると、不意に声がかかった。

「…りい?」

「晴明!無事か…」

 聞き覚えのある声にほっとして振り向き…りいは瞠目した。

 ぼろぼろ、と形容するのが正しいような姿である。

 鮮やかな衣はあちこち破れ、結い上げていた髪もばらばらと落ちている。所々滲む汚れは血にも見えた。

(…晴明が、ここまで!?)

 りいは驚愕しながらもとにかく晴明に駆け寄った。

「どうしたんだ!その姿…怪我はっ?」

「…りいじゃないんだからさあ。よく見てみなよ」

 晴明は失礼なことを言いつつ腕を上げてみせた。

 その声音は意外にしっかりしている。

 そして、言われたとおり見てみれば、衣こそ大仰に裂けているものの、その中の腕はほぼ無傷。

「ね?…っていうか何しに来たの、向こうにいてって言ったのに」