「俺の場合はさ、単純に親の死に目にあいたくないっていう気持ちと、
もうひとつ複雑な事情があって」


「うん」


「10年前……俺がまだ小5のときに、両親は離婚してるんだ。
それから俺は母方の実家の名古屋で暮らしてきたから、親父とは会っていない」


僕はさっきまで彼女がしていたのと同じように、深くこうべを垂れて話し始めた。


コンクリートの地面に反射する眩しい日光が、
僕の頬や鼻の頭をじりじり焼いた。


「親父の浮気とか暴力とか、離婚理由がそんな感じだから親権も何もかも母親側でさ。
今朝、おせっかいな叔父から電話がかかってくるまで、全く父親側との関わりはなかったんだ」


「さぞかしお父さんをうらんだでしょうね」


「それが、そうでもないんだよ」


僕は自分でも驚くくらい、あっさりとした口調で言った。


「うらむ、という感情を抱くには、当時の僕はまだまだ子供すぎた。
そんなことより、子供には子供なりの大事な優先事項があったしね」


「優先事項?」


「そう。転校先のクラスに早くなじんだり、名古屋風の辛い味付けに舌を慣らしたり」


僕がそう言うと、彼女は面白そうな顔をして首をかしげた。