村へ帰る途中も彼の笑顔は頭から離れなくて。
改めて、悲しい気持ちが胸を支配した。

本当は夜月はとても優しい。
皆が悪口を言っていいような人じゃない。
村での噂を聞けば、彼は泣くことも怒ることもせずに笑うんだろう。
―― あの、苦しい笑顔で。


一陣の風が吹き抜けて、山をざわつかせる。
熱くなった目頭を涼しい空気が冷やしてくれて、息をついた瞬間に聞こえてきたあの音色。

誰かの頭を撫でるような優しい音。
空に浮かぶ雲よりもやわらかい音。
それでいて、私を照らす金の月より美しい音。

綺麗だと口にすればその魅力が消えてなくなってしまいそうで、とても言うことなんてできなかった。
また、泣きそうになる。


彼は、天狗なんかじゃないのに―― 。


でも一番嫌なのは私自身。
皆にそれを広める行動力も無ければ、彼を手放す勇気も無い。

行かないでよ。
寂しいの。

誰より本当の彼を皆に知って欲しい。
でも誰にも知られないで欲しい。

ずっとあの音色を、独り占めしたくて。